なぜ平等で格差が小さい社会ほど幸福度が高いか 「親ガチャ社会」の日本に未来がない納得理由

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こうした点からも、GDPは「豊かさ」の指標としては不十分になっており、それに代わる指標の議論が昨今あらためて活発になっている。そこでは、しばらく前から環境政策などの文脈で論じられてきた「環境・経済・社会」(トリプル・ボトムライン)を含む多元的な指標ないし評価軸が重要になるとともに、ここで論じている「幸福/ウェルビーイング」が大きな意義をもつことになる。

まさにこのような背景からも、先ほど“ケインズ政策の「幸福/ウェルビーイング」バージョン”という表現を使ったように、「所得の再分配(それによる所得の平等化)を通じて、社会全体の幸福度を増加させる」という新たな発想と、それにもとづく政策展開が求められているのである。

しかも重要なことに、こうした方向は、社会における幸福の「総量」を増やすのみならず、所得の平等化を通じて(経済面での)「幸福の分配」の改善、あるいは「“幸福格差”の是正」を実現させることにもなるのだ。

アメリカの平均寿命は途上国並みの世界47位

以上は主にマクロ的な視点から、平等あるいは経済格差と幸福/ウェルビーイングの関係について述べたが、もう少し個人の(心理的な)レベルにそくして考えた場合、そこにはどのようなメカニズムが働くのか。

こうした話題について、最も包括的な議論をこれまで行ってきた研究者はイギリスの社会疫学者リチャード・ウィルキンソンであり、近年ウィルキンソンは、同じくイギリスの疫学者ケイト・ピケットとともに、平等あるいは経済格差とストレスや心身の健康に関する著書を続けて公刊し(邦訳『平等社会』、『格差は心を壊す』〔いずれも東洋経済新報社〕)、国際的に大きな反響を呼んでいる(ただしこれらの著作の難点は、扱うデータの古さ等から、日本が“最も格差が小さい国”という位置づけになっている点)。

ちなみにウィルキンソンの以前の代表作である『格差社会の衝撃』についての書評を私は朝日新聞の書評欄で書いたが(2009年)、もともとウィルキンソンは経済史の研究者であったこともあり、その内容は狩猟採集社会、農耕社会、工業社会といった人類史的なスケールで人間社会における平等や格差のありようを論じる印象深い内容となっていた。

さてウィルキンソンらの近年の議論の骨子は、社会における経済格差が一定以上のレベルを超えていくと、そこでの強い競争圧力や不安等から心理的なストレスが大きく増加し、結果的にそれは心身の健康にもマイナスに働き、全体として個人の「幸福/ウェルビーイング」を低下させていくという内容である。

あるいは、昨今の日本の状況なども意識して議論を展開するならば、経済格差が拡大し、社会の分断が進むとともに現状に対する不満・不信が高じていくと、ストレスとともに他者への攻撃性も強まり、たとえばその一端はSNS等での誹謗中傷のような形で示され、「幸福/ウェルビーイング」とは正反対の方向に加速することになるだろう。

こうした点(格差と幸福/ウェルビーイングの関係性)に関して、ある意味で大変わかりやすいと私が思う例を挙げてみよう。それは「健康」に関する、アメリカについての事実である。

多くの人々にとっては意外な事実だと思われるが、健康に関する基本的な指標である平均寿命を見た場合、アメリカのそれは79.7歳で、先進諸国の中で最も短く、世界全体の中でも47位で、これは実にチリ(81.2歳、38位)やタイ(79.9歳、45位)よりも低い水準なのである(United Nations Population Division Estimates)。

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