「先生、これが答えです!」
教授のリアクションが、朴のアイデアに対する評価を表していた。
「これはいい! 早速、持っていこう」と朴を連れ立って懇意にしている心臓外科医のもとに向かったのである。
朴の話を聞いた心臓外科医たちは、問題意識を持ちながらも長らく手つかずだった従来のトレーニングを一変させるような構想に、軒並みポジティブな反応を示した。
梅津教授と心臓外科医たちの後押しを受けた朴は、怒涛の勢いでハードとソフトの開発にまい進した。ハードに関しては、心臓と同じように拍動するだけでなく、拍動数、拍動パターン、振幅をダイヤルひとつで調節できるマシンを製作。心臓手術の際に医師が目にしているのは心臓の一部に過ぎないという事実に着目し、心臓全体ではなく心臓の一部だけを表現することで大幅な小型化にも成功した。
ソフトに関しては、大勢の医師たちとディスカッションを重ね、1万本の血管モデルからより本物に近い強度、柔らかさ、弾力、湿り気のものを選出。さらに、ベースとなるようかん型のシリコンには複数のサイズの血管モデルを埋め込めるように設計した。肝となる評価システムは、縫い終わったあとにどれだけの血液が流れるのかを計算で求められる血流解析のプログラムを作った。
そうして完成したのが、心臓の拍動を模擬した装置BEAT(ビート)とBEATに簡単に着脱可能な血管モデルのYOUCAN(ヨーカン)である。朴は、この心臓血管縫合シミュレーターを実用化し、現場の医師に届けるという思いを実現するために、2006年8月9日、24歳にして起業。大学院に籍を置き、機器の改良を続けながら、事業化に舵を切った。
社名は、医学の世界でよく用いられるEvidence Based Medicine(根拠に基づいた医療)をもじったEngineering Based Medicine(工学的見地に基づいた医療)の頭文字を取って、EBMと名付けた。
当時、24歳の大学院生が起業するというのは珍しいことだった。リスクを感じませんでしたか? と尋ねると朴は首を振った。
「梅津教授や心臓外科の先生方から応援してもらっていましたし、国も若者の起業を支援し始めていたので、これは追い風だと感じていました。それに24歳で就活もせず、大学で開発した技術をもとに起業してチャレンジするというのはなかなかできない経験なので、いざとなったらその経験を買ってくれるところに自らを売り込めば生きていけると思っていました。そう考えると、このチャレンジに失敗はないんです。成功の反対は、失敗することではありません。何もしないことです」
装置の市販と同時に国内外で話題に
起業にあたって、朴は医師たちと対等の関係を築き、信頼を得るために、なんと自腹を切って米国でパイロットの免許を取得した。
「若造が天下のお医者様に『先生、トレーニングをしませんか?』と言っても話を聞いてもらえません。自分という人間に興味を持ってもらうためには、何か面白味が必要なんですよね。それで、心臓外科医と共通する点が多いパイロットの免許を取りました。
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