「1人でも最期は自宅で」を叶えた男性2人のラスト がん末期の自宅療養死が「孤独死」ではない理由

✎ 1〜 ✎ 17 ✎ 18 ✎ 19 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

1人暮らしで在宅死を望むことは、「家で1人のときに亡くなる可能性がある」ことを意味します。

もちろん私たち在宅ケアのチームが、毎日のように家を訪問して様子を見守っているため、いわゆる“孤独死”とは違います。そして1人でいるときに亡くなった場合でも、在宅医が関わっていて、死に至る病気の経過があり、その病気で亡くなったことが明らかであれば、自宅に警察が来ることもありません。

ただ、誰かがずっと家にいるわけではないため、「息を引き取る瞬間に、家に誰もいない可能性がある」ということになります。

私は信一さんに、「1人で最後を迎えるかもしれないけれど、そこはどう?」と、聞きました。信一さんとは、これまで何度か最期の過ごし方について話し合ってきたので、私もこうした直球の投げかけができたのです。信一さんはきっぱりと「猫がいるから大丈夫」と頷きます。その返事を受けて、私たちも覚悟を決めました。

信一さんは、肺がんの影響で、呼吸がゼエゼエと常に荒い状態でしたが、大好きなタバコを手放そうとしません。呼吸を楽にするには、在宅酸素を導入する選択肢がありますが、火気を近づけると火災が発生する場合があるため、タバコは厳禁です。

それでも呼吸が楽になることより、タバコを優先したい信一さんだったので、ご本人の我慢の限界まで酸素を入れずに過ごしました。在宅酸素を導入後も、相当苦しかったはずですが、ベッドに横たわったまま、 杖で酸素のスイッチを切っては、最後までタバコを吸っていたようです。

そんな信一さんは、同居する猫を心から愛していて、猫が唯一無二の、かけがえのない存在だったようです。信一さんが亡くなったのは、私が訪問診療に通い始めて1カ月後のこと。訪問看護師が訪ねると、信一さんがベッドで息を引き取っていました。ベッドの下には猫のエサが置かれていて、最後まで猫のことを考えて過ごしていたようでした。

「猫のために絶対入院はしない」という意思を貫き、最後まで猫に愛情を注ぎながら息を引き取った信一さん。

関わり始めた最初から最後まで、一度もブレることなく自分の意思を貫いて旅立った信一さんには、「あっぱれ」と見送りたい清々しさがありました。そして、自分にとって大切な存在とともに、愛情のこもったかけがえのない時間を過ごす豊かさを改めて実感しました。

遺された1人暮らしのペット問題

さて、1人暮らしでペットを飼っていた場合、飼い主が亡くなったあとでペットをどうするかという問題が残ります。信一さんのケースも、亡くなったあとで遺された猫をどうするかという話になりました。親戚は引き取ることができないということで、役所に問い合わせると「残念ながら殺処分しかない」と言います。

猫を第一に考えて最後まで過ごした信一さんの様子を見守ってきた私たちは、それを聞いて、いても立ってもいられず、SNSを通じて里親探しをすることにしました。その結果、何とか里親を見つけることができ、猫は新たな飼い主のもとで、今も元気に暮らしています。

ペットの里親探しにまで奔走したのは初めてのケースで、原則的にはそこまでお手伝いするのは難しいですが、天国にいる信一さんも、猫の行き先が決まって、きっと安心してくれたと思います。

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事