独裁者とSNS、ノーベル平和賞受賞記者の戦い方 ネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサCEOに聞く

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ラップラーと敵対し、弾圧を続けたドゥテルテ氏は史上最高の支持率を維持したまま任期を終えた。2022年の大統領選では、偽情報を駆使したネット戦略で独裁者だった父の時代の歴史を修正しようとしているとラップラーが批判してきたボンボン・マルコス氏が史上最高の得票で圧勝した。レッサ氏は著書で「事実は負けた。歴史は負けた。マルコスが勝った」と評した。母国では闘いは劣勢なのだ。

私はレッサ氏に「タガログ語の翻訳が必要では」と水を向けてみた。フィリピンで英語は公用語だが、一部の大卒者を除けば、英語の書物を読む習慣などないからだ。「それは良いアイデアね。検討してみる」と彼女は答えた。

冷ややかな国民の目線

ドゥテルテ氏はラップラーを外国資本に牛耳られた「偽情報機関」「CIAの手先」などと罵倒した。レッサ氏は「CIAと言われたり、逆に共産主義者といわれたりしてきた。気にしない」と話し、独立採算を確保していると主張する。

それでもレッサ氏の著書やラップラーの記事を読んでもいま一つ釈然としないのは、世界中のメディアが経営に四苦八苦している時代にラップラーがどうやって生き残っているのか不思議に思えるからだ。

新聞やテレビなど伝統的なメディアはもちろん、アメリカのバズフィードが報道部門を閉鎖しヴァイスは破産したように、ネットのニュースメディアも各地で苦境にある。

そのような状況の中で、政府の弾圧を受け、莫大な裁判費用の捻出を余儀なくされながらもマニラ首都圏の一等地の商業ビルにしゃれたオフィスを構え、100人以上の従業員を雇っている。当否はともかく、欧米の人々や機関が支持するラップラーに対して、フィリピン国民の多くはドゥテルテ氏の見立てを首肯しているようにもみえる。

レッサ氏に聞いた。「あなたは独裁者や権威主義政権、無責任なプラットフォームに果敢に立ち向かってきた。しかしながらその闘いに勝ち目はあるのだろうか」

「ジャーナリズムにとっても民主主義にとっても今が正念場。ジャーナリストはその仕事を続けるべきだし、私はそうする」との返事が返ってきた。

著書の中にこのようなくだりがある。「ジャーナリストが権力者に声を上げるとき、『バランスの取れた』記事を書くほうが簡単だし、安全だ。しかし、それは臆病者のすることだ。優れたジャーナリストならば、たとえば、気候変動科学者と、世間に名の知れた気候変動否定論者とをまったく対等にあつかうことはしないだろう」。

日本のメディアにも警鐘になる言葉だと私は感じた。

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