独裁者とSNS、ノーベル平和賞受賞記者の戦い方 ネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサCEOに聞く

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2021年、ジャーナリストとして68年ぶりにノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサ氏。フィリピンのオフィスでのインタビューに答えた(写真・柴田直治)
2021年、ジャーナリストとして68年ぶりにノーベル平和賞を受賞したフィリピンのネットメディア「ラップラー」のCEOマリア・レッサ氏が半生を振り返り、今も続く闘いについて書き下ろした『How to stand up to a dictator-The fight for our future』を出版した。
「偽情報と独裁者 SNS時代の危機に立ち向かう」(河出書房新社)のタイトルで邦訳・出版されたことを機会に、著書が同書に込めた思いや、独裁者と名指ししたロドリゴ・ドゥテルテ前大統領が政権を離れた後の状況などについて、マニラ首都圏のラップラーのオフィスで聞いた。

 

インタビューに入る前に、マリア・レッサ氏がどのような人物で、これまでどのような言論活動を行ってきたかを説明したい。

2022年11月に出版された同書は、これまでにドイツとフランス、スペイン、ポルトガル、ハンガリー、スウェーデンなどの欧州各言語ほか日本語、中国語、韓国語でも翻訳・出版され、アラブ語での出版も契約が済んだという。

原題からは、ラップラーとレッサ氏を苛烈に弾圧したドゥテルテ政権との闘いに焦点を当てているように見えるが、それはこの本の山場の半分にすぎない。

一転、牙をむくフェイスブック

フィリピンに生まれ、10歳で母の再婚相手の住むアメリカに渡り、名門プリンストン大学を卒業したレッサ氏は、奨学金を得てマニラに戻った時にテレビ局の手伝いをしたことをきっかけに報道の世界に足を踏み入れた。1990年代、CNNでマニラ支局長やジャカルタ支局長を務め、東南アジアのテレビニュースの顔になった。

私も同時期、新聞社の特派員としてマニラやバンコクに駐在しており、現場を飛び回ってリポートする小柄な彼女の姿をよく目にしていた。リベラルな立ち位置から時の権力を批判的に報道する姿勢は一貫して変わらない。ドゥテルテ氏にとくに厳しかったわけでもない。

レッサ氏は2005年、フィリピンのテレビ局に報道統括の役員として引き抜かれ、報道局の改革を推し進めた。2011年に独立して仲間とともに「ラップラー」を立ち上げた。フェイスブックやスマートフォンを駆使して現場から機動的に情報発信する手法で、欧米メディアに先んじてジャーナリズムに新たな境地を開拓した。広告などの収益も順調に伸びていた。

ところが2016年にドゥテルテ氏が政権を握ると、「胸躍る可能性を切り開いてくれた」フェイスブックは一転して権力者の道具として攻撃を仕掛ける牙となる。ラップラーはデータを分析して報じることで対抗するが、フェイスブック(現メタ)は偽情報問題を先送りして解決策を講じない。

こうしたせめぎあいを描いたくだりがこの本のスリリングなハイライトであり、ソーシャルメディアのあり方や危険性を浮き彫りにする普遍的な問題提起となっている。

日本語版のタイトルに原題にはない「偽情報」が入ったことについて、レッサ氏は「そのほうが本の全体像を表すという日本の編集者の言葉を受け入れた」と経緯を説明した。

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