独裁者とSNS、ノーベル平和賞受賞記者の戦い方 ネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサCEOに聞く

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――テック企業の規制を唱えていますね。

「民主主義を回復するための第一歩は、テック企業の横暴を止めることです。労働力が商品化されていた20世紀までとは違い、現在はテック企業が人間そのものや人々の関心、感情を商品化し、世界の行動様式を変えるほどのパワーを持っています。チェック・アンド・バランスの仕組みがないまま人々の感情を利用して、うそを事実の6倍のスピードで広めています。

何が間違っているかといえば、自社製品をろくにテストもせずに市場に送り出すテック企業の存在を許していることです。製薬会社が十分な治験もせずに薬局で薬を売っているようなものです。テック企業への規制は他の産業に比べて格段に緩い。それなのに私たちはその製品をポケットに入れて持ち歩いている」

生成AIはメディアにとって危険

――ジャーナリズムにとっても危険であると指摘しています。

「テック企業は報道機関のビジネスモデルも破壊しました。プラットフォームのマイクロターゲッティングは報道機関の広告事業とは違います。彼らはラップラーの攻撃に使われたのと同じ手法で人々の関心や感情を操り、莫大な収益をあげています」

――フェイスブックのアルゴリズムを批判していますが、YouTube やTikTokなど動画配信、Chat GPTなどの生成AIについてはどうとらえていますか。

「フィリピンではフェイスブックの支配率が圧倒的で選挙にも大きな影響を与えたためにソーシャルメディアの代表として取り上げましたが、YouTube やTikTokなど動画の影響力はどんどん大きくなっています。フェイスブックが私たちの脳と感情に訴えかけるとすれば、ティックトックは外科手術のようなものです。

感情を操作されないようにするのは難しい。生成AIはさらに危険です。ジャーナリズムを取り巻く状況をより悪化させるでしょう。検索するとき、人々はメディアのリンクやサイトには向かわず、AIにいくことになるでしょう。そのAIは報道機関に対価を支払わない。ラップラーはAIのせいで広告収入が途絶えることを覚悟して他の収入源を開拓しているところです」

――民主主義は危機に瀕しているのでしょうか。

「民主主義はパーフェクトストームに襲われています。民主主義は欠点だらけで、とても完全なものとはいえません。しかし、権力者に責任を負わせる統治システムはほかにありません。チェック・アンド・バランスを機能させる制度も民主主義以外にはない。人々に目を覚ましてもらわなければ、民主主義は崩れてしまうでしょう。

2023年と2024年に世界で90の重要な選挙があります。台湾、インド、インドネシアそしてアメリカ……。このまま何もせずに民主的な指導者を選ばなければ、世界はファシズムへと向かうでしょう。日本は重要です。世界第2の規模を持つ民主主義国です。大幅な防衛費の増額に注目しています」

――偽情報がはびこり、事実が軽視される時代です。そもそも人々は事実にさほど関心がないようにも見えます。ジャーナリズムをどうやったら生き残れるでしょうか。

マリア・レッサ氏の著書『偽情報と独裁者』(写真・柴田直治)

「ジャーナリズムはいま民主主義とともに正念場を迎えています。生き残れるかどうかを考えるより、ジャーナリストはいまやるべきことをやる、闘い続けることだと思います」

――日本の読者へメッセージを。

変化するテクノロジーは、人間に行動変容を迫るシステムになっています。私たちはこれまで以上に人々を巻き込んで、こうしたテクノロジーに対抗する必要があります。私の本を読んだ人には考えてほしいと思います。もし私たちのような攻撃を受けたとしたら、真実のために何を犠牲にできるかについてを。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「ルポ フィリピンの民主主義―ピープルパワー革命からの40年」、「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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