独裁者とSNS、ノーベル平和賞受賞記者の戦い方 ネットメディア「ラップラー」のマリア・レッサCEOに聞く
レッサ氏はラップラーのデータベースや分析を携えて、メタのマーク・ザッカーバーグCEOや幹部に面会し、政権や政治家がフェイスブックを通じて偽情報を拡散して社会を分断し選挙に利用していると訴えた。
ザッカーバーグ氏の笑えぬジョーク
レッサ氏が「フィリピン国民の97%がフェイスブックを利用している」と影響力の大きさを指摘し、アルゴリズムを見直すよう求めたが、ザッカーバーグ氏は「あとの3%はどこにいるんだ?」と言うだけで問題を放置したという。
メタは後になってラップラーを攻撃したいくつかのアカウントを閉鎖したが、レッサ氏は「ヘイトスピーチ、偽情報、陰謀論にメガホンを与え」「世界中の民主主義にとってきわめて深刻な脅威」とフェイスブックを定義した。
フィリピン人はインターネットとソーシャルメディアに費やす時間が世界で最も長いとのデータを示すレッサ氏は「フィリピンはソーシャルメディアを舞台にした情報戦争の実験場」だとして、権威主義者によるSNSの政治利用、偽情報拡散は他の国でも起こりうると警告している。
興味深いのは、著書で紹介されているケンブリッジ・アナリティカ(CA)の元社員クリストファー・ワイリー氏の証言だ。CAはアメリカのトランプ政権で大統領上級顧問を務めたスティーブ・バノン氏が役員をしていた選挙コンサルティング会社で、フェイスブック上の8700万人分の個人データを不正に取得し、細かく分析して政治広告に使った。
2016年11月のアメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏の当選に寄与し、同年6月のイギリスのEU脱退をめぐる国民投票で、残留派を破る原動力になったとされる。ドゥテルテ氏の当選はその1カ月前だ。ワイリー氏はデータの不正取得と選挙について暴露した内部告発者である。
フェイスブックから流失したデータのうち、アメリカの7060万人に次ぐ第2位はフィリピンの約120万人だった。CAの親会社は2012年からフィリピンに事務所を構え、ドゥテルテ氏と家族ぐるみの付き合いのある弁護士を現地の代表に据えた。
2016年の大統領選の約1年前、CAのCEOがマニラを訪問し、ドゥテルテ氏の友人らと懇談し、講演で選挙戦術におけるマイクロターゲティングやプロファイリングの重要性を語っている。
ワイリー氏は「フィリピンはネット利用者が多いし、法の支配が行き届かず、政治家は汚職まみれだ。有権者の意見を操作したり、プロパガンダを流したりするテクニックとテクノロジーを試すのに最適だった」とレッサ氏の取材に答え、CAが欧米諸国で戦略を実行する前にフィリピンの選挙で試行したことをうかがわせた。
レッサ氏はノーベル平和賞以外にも欧米の人権や報道に関する賞をいくつも受賞し、アメリカ『タイム』誌の表紙にも取り上げられた。ノーベル平和委員会はドゥテルテ政権の訴追を吟味したうえで受賞を決定した。政権の対応は正当な司法手続きなどではなく「言論弾圧」と認定した形だ。著書が多くの国で翻訳が出版されたのも「正統性」を認めた証だろう。
しかし欧米先進国で圧倒的に支持されるレッサ氏とラップラーの闘いが、必ずしもフィリピンで共感を得ているわけではない。
ノーベル賞受賞の際もフィリピン史上初の受賞だったにもかかわらず、国民がこぞって祝福する雰囲気にはほど遠かった。リベラル系メディアは好意的に報じ、反ドゥテルテ陣営は祝福を寄せたものの、ドゥテルテ派のネチズンらはノーベル平和委員会を一斉に非難、揶揄する投稿を繰り返した。
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