38歳でデビュー「夏目漱石」逃げの姿勢で開けた道 「吾輩は猫である」に至るまでの波瀾万丈人生

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夏目漱石(写真: masamasa2 / PIXTA)
誰もが知っている文豪たちにも、仕事や勉強、家族や借金取りから逃げた過去があります。しかし逃げた先で、歴史に残る名作が誕生しています。著述家の真山知幸氏の新著『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』を一部抜粋・再構成し、夏目漱石のエピソードを紹介します。

日本を代表する文豪といってもよいだろう。『吾輩は猫である』『こころ』『三四郎』……。夏目漱石による名作の数々は、時代を超えて読み継がれている。

しかし、漱石は若い頃から才能が認められて、前途洋々の青春時代を過ごしたわけではない。小説家デビューしたのは38歳と、後世に残した実績を考えれば意外と遅かった。

その紆余曲折ぶりを知ると、漱石もまた「逃げの姿勢」があったからこそ、道が開けたといえそうだ。

生まれてすぐに里子に出される

漱石は、江戸の牛込馬場下、現在の東京都新宿区に、名主の夏目小兵衛直克(なつめこへえなおかつ)の5男として生まれた。時は1867年と、ちょうど慶応から明治の元号に移り変わる頃。まさに激動の時代である。

名主だった父も大きく状況が変わったのだろう。貧しさからか、漱石は生まれてすぐに古道具屋の夫婦のところへ、里子に出されている。その夫婦は、赤ん坊の漱石を小さなザルに入れ、古道具と一緒に夜店の大通りに晒した。何という赤ちゃんの扱い方……。発見した姉が、あまりに不憫なので実家に連れ戻したとされている。

姉に助けられて、人生初の「逃亡」に成功した漱石だったが、3歳のとき、今度は父と同じく名主をしている塩原昌之助のところへ養子に出された。以後、漱石は実家と塩原家の間で行き来している。要は、どちらからも厄介者扱いされたのである。

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