「藤井聡太の偉業」が浮き彫りにした"棋界の憂い" "史上最強棋士"誕生で棋士たちは何を思うのか

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「そうですね……、今自分を振り返っても、すごく勉強量は増えているんですけど、命までかけてはやれていないかもしれない。トップ棋士と比べたときに、将棋にすべてをかけられているかどうかは、わからないですね。

藤井さんが努力しているのは、将棋の内容を見ていたらわかります。あれだけタイトル戦で忙しくても、事前の研究量がすごく内容もブレない。将棋に全力をかけているのが伝わってきます。私のほうが空いている時間があるはずなのに、準備が足りなかったり……。

藤井さんとは力の差も相当にありますが、将棋に対する姿勢の差も大きいかもしれない。でも諦めの気持ちはありません。早く力をつけて、藤井さんを止められる1人になれるようにと思っています」

藤井聡太
“藤井聡太の圧勝を止めたい”。闘志に燃える若手棋士も多い(筆者撮影)
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「藤井に勝つ」という一点に結実できるか

前出の佐藤九段は、藤井を今後50年、100年は出なくてもおかしくない才能としながらも、棋士たちが向き合う課題についてこう話した。

「トップ棋士を中心に同じようなツールを使い、似たような戦型を研究している現状がある。そこから離れたほうが藤井さんに勝つ可能性は残っているのかもしれない。今はみんなが彼を神格化しているわけじゃないが、タイトル戦で勝つというビジョンが見えづらい。まずは誰かが番勝負で勝つことを示せば、認識が変わってくると思う。それが見通せるのが3年から5年というのが、強気か弱気かは、わかりませんが」

今年行われた藤井の防衛戦では、王将戦で羽生が、叡王戦では菅井竜也八段(30歳)が挑戦者となり、将棋ファンを沸かせた。羽生は藤井に先行されるも、2度追いつき、4戦目を終えて2勝2敗の五分で折り返した。最後は藤井に振り切られたが、32歳差を跳ね返す活躍に誰もが希望を見た。

菅井は全局を通じて同じ戦法の“三間飛車”で挑み、意地と信念をファンの目に焼きつけた。スコア的には藤井の3勝1敗であるが、内容的には全体に菅井が押していたシリーズである。AI的には不利とされる振り飛車戦法であるが、盤上での未知の部分は遥かに大きく、菅井は可能性を示した。

森下は現在の将棋界を担う棋士として永瀬拓矢王座(30歳)、渡辺明九段(39歳)、豊島将之九段(33歳)の他に、現在棋聖戦と王位戦で藤井に挑戦している佐々木大地七段(28歳)や藤井と同学年の伊藤匠六段(20歳)らの名前をあげる。彼らの才能、努力、技術を高く評価しながら、それを藤井に勝つという一点に結実できるかどうかだという。

残る1つのタイトルを保持する永瀬拓矢王座は、“将棋にすべてを捧げる”という言葉が、最も相応しい棋士だといわれる。「将棋は才能ではなく努力」と言い切り、少しでも自分のパフォーマンスを高めるために、タイトル戦でも着物を着用せずにスーツ姿を貫く。AIでの研究で盤上の均一化が指摘される中、人間臭い棋士が藤井の前に立ちはだかることを、期待せずにはいられない。

野澤 亘伸 カメラマン/『師弟~棋士たち魂の伝承』著者

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のざわ ひろのぶ / Hironobu Nozawa

1968年栃木県生まれ。上智大学法学部法律学校卒業。1993年より写真週刊誌『FLASH』の専属カメラマンとして活動を開始。主に事件報道、スポーツ、芸能などを取材、撮影。同誌の年間スクープ賞を3度受賞。フリーとしてタレント写真集や雑誌表紙を多数撮影。小学生の頃からの将棋ファンで、著書『師弟 棋士たち魂の伝承』(2018年、光文社)と『少年時代に交わした二つの約束』(2019年、将棋世界)で第31回将棋ペンクラブ大賞を受賞した。ほかに海外取材をまとめた『この世界を知るための大事な質問』(2020年、宝島社)などがある。

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