「藤井聡太の偉業」が浮き彫りにした"棋界の憂い" "史上最強棋士"誕生で棋士たちは何を思うのか

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新名人となり七冠を達成した藤井は、俯き盤上を見つめる。首筋から耳まで紅潮していた。右手の人差し指が小さく動く。いまだ思考の中で盤上の変化がやんでいないのだろう。

渡辺明
羽生善治の次の世代の第一人者として名高い渡辺明(筆者撮影)

敗れた渡辺は、目を閉じ体を傾けるようにして固まっていた。ただ、時折彼も右手の人差し指を小さく動かした。己の敗因を探っているかのようだった。

渡辺はプロの中でも最も才能を評価される棋士だ。しかし棋聖、王将、棋王、名人と4つのタイトルを藤井に奪われ、対戦成績は4勝20敗となった。なぜ彼ほどの棋士が、ここまで藤井に勝てないのか? 名人獲得3期の実績を持つ佐藤天彦九段(35歳)はこう分析する。

「渡辺さんの将棋の作りはとても綺麗で、棋理に沿った合理的な指し方で勝ちにつなげてきた。でも合理的な手を高い質と量で読むのは、藤井さんが最も得意とするところ。渡辺さんの長所が藤井さんとは相性が良くないのだと思う」

この日、終局後の空気は筆者がこれまで体験してきた中で、最も重く感じた。2018年に羽生善治九段が無冠になったときよりもだ。関係者、特に立会人・副立会人の棋士の表情は非常に険しかった。

渡辺は20歳で竜王位を初戴冠して以来、39歳の今日まで常にタイトルを保持し続けてきた。将棋の実力だけでなく洞察に富んだ言動を含めて、羽生の後に棋界の第一人者として存在感を示した。その渡辺がすべてのタイトルを失い、19年ぶりに無冠となったのだ。

藤井は羽生が七冠になった25歳の年齢を5歳も縮めてしまった。羽生は20歳の時点では棋王の1つしか保持していない(19歳で竜王を獲得したが翌年失冠)。渡辺は20歳で竜王を1つ、谷川は名人挑戦を決めた段階で、まだタイトルは持っていない。史上2人目の七冠と言われるが、実際には異次元の記録である。そしてついに、将棋界は大きな課題に直面した。

これだけの能力を持った棋士は、歴史上存在しなかった

棋士の読みの速さ、質は鍛錬すると同じようなレベルに辿り着き、トッププロ同士では大きな差がつきにくいとされる。また、近年ではAIでの研究が普及したことにより実力の均一化が進んだ。

しかし、そうした中にあって藤井の読みの速さ・質は抜きん出ているという。加えて20歳とは思えないメンタルの強さ、体力も備えている。おそらく江戸時代から続く将棋の歴史の中でも、これだけの総合的能力を持った棋士は存在しなかったのではないだろうか。

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