アメリカの民主主義が「機能不全」に陥った理由 極右化する保守と、大衆を軽んじるリベラル

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例えばポピュリストについて、リンドは、ポピュリストは病気に対する処方箋ではない。根本的治療にはならないと強調しています。リンドは庶民に対して非常に共感していますが、ポピュリズムでは駄目という話をするわけです。

中間共同体を通じた庶民の声の集約・調整という建設的な形で、庶民の声を政治に伝えていく仕組みを取り戻さなければいけないという。

新自由主義を後押しした日本の左派

また、日本の政治を見る中でも非常に多くのヒントを与える本だと思います。日本では、中間団体である労働組合や農協などの協同組合、業界団体、地域団体は「抵抗勢力」であるから、それらの力を削ぎ、スピード感ある政治的意思決定を実現すべきだと近年、ずっと主張されてきました。

その結果、実際に生じたのは、庶民の声を代弁する中間団体が弱体化し、グローバルな企業や投資家の声ばかりが政治に反映される体制です。

加えて、日本では、1990年代の半ば頃、新自由主義の後押しをした議論に「1940年体制」論というのがありました。私は、それ以前のいわゆる「日本型市場経済」というのは、リンドが言う民主的多元主義の日本版そのものだったと思います。

しかし、「1940年体制」論のなかで、「日本型市場経済」は戦時体制だ、非民主的な経済システムだとさんざん批判され、こうした批判に日本の左派が飛びついちゃった。結局、新自由主義を止める役割を担うはずの左派がむしろ、新自由主義を後押ししてしまったんです。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

中野:民主的多元主義を否定するリベラルなんていうのは、世界的にも珍しいんじゃないの?(笑)

:そうなんです。で、この図式をリンドはもっと広い視野から議論しています。アメリカでもイギリスでも、民主的多元主義は実は戦時体制から生まれたものだと述べています。福祉国家システムももちろん戦時体制が出自。

皮肉なことに、いわゆる資本家対労働者という古い階級闘争を穏健化し、民主主義による調整がうまく機能するように導いたのは戦時体制から由来する民主的多元主義だったんだっていう話を、リンドは強調するんですよね。

ですので、この本を翻訳し、日本の読者に届けたかったのは、「1940年体制」論などに乗じて「日本型市場経済」をぶっ壊し、新自由主義推進に手を貸してしまった人たちが今更ながら反省するのに役立つんじゃないかなっていう思いもありました。アメリカもイギリスもほかのヨーロッパ諸国も、実は福祉国家体制自体が、実は戦争から生まれてきているんだと。

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