「子どもの声は騒音ではない」法制化を喜べない訳 「公園での遊び声」「道路族」に悩まされる人も

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ほんの数十年前までは子どもの声が騒音だという認識は日本人にはありませんでした。それどころか、大正時代の終わり頃まで騒音という用語さえなかったのです。

明治の時代に日本各地を旅して回り、その旅行記を残したイギリス人女性のイザベラ・バードは、とある旅館に宿泊した折、襖一枚向こうの部屋で夜遅くまで宴会をして騒ぐ人たちを、まるで悪魔のようだと罵っています。しかし、同じように宿泊していた日本人は誰もそのように感じず、それが普通のことだと思っていました。

この現代社会では信じられないような感性で、いまや騒音など気にするほうが悪いなどという極論が通るはずがないことは言うまでもないでしょう。

子どもの声に関してもこれと同じです。昭和の時代には、誰も子どもの声が騒音だとは思っていませんでした。今でこそ保育園相手の裁判も珍しくなくなりましたが、昭和の時代に子どもの声がうるさいと裁判になった事例は1件もありません。

なくすのではなく、変化に合わせた対応を

しかし、時代は大きく変わりました。子どもの声に悩まされる人や、苦情が発生する状況があちこちで見られ、裁判になる事例も多く見られます。これらの人に、子どもの声に悩まされるなんて感覚的におかしいとは誰も言えません。

それは、旅館に泊まって宴会の音が深夜まで響いて眠れないのを、明治の人はそれでも平気だったんだから、あなたもそれに慣れなさいと言っていることと同じです。昭和の時代では騒音でなかった子どもの声が、平成時代の中頃から騒音に変わってきたというのは時代の変化であり、だれもそれを非難できるものではありません。大事なことは、変化を否定することではなく、変化に合わせた合理的な対応を行うことです。

どう対応すべきかは、既往記事『公園閉鎖問題」苦情住民だけが悪いと言えない訳』を参照してください。子どもの声を騒音ではないと言い切るところからは、トラブルこそ生まれ、良好な環境は決して生まれません。

ただ、これだけは注意しておく必要があります。それは、子どもの声も騒音(適度な管理と配慮が必要な音)ですが、決して公害騒音(ないほうがよい音)ではないということです。これを混同した議論が行われることもありますので、この点は十分に注意が必要です。政府の発表が、くれぐれも“異次元の騒音対策”にならないことを願っています。

橋本 典久 騒音問題総合研究所代表/八戸工業大学名誉教授

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はしもと のりひさ / Norihisa Hashimoto

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、『2階で子どもを走らせるな!』(光文社新書)、『苦情社会の騒音トラブル学』(新曜社)他。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会技術開発賞等受賞。米国への現地調査後、我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動実践中。

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