アップル貯蓄口座「1分で開設完了」に透ける狙い 金融事業強化の先にアップルが狙う市場とは?

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留意すべきは、アップルが金融事業そのもので儲けようとしているわけではないということだ。真の狙いは、ユーザーを囲い込む「アップル経済圏」をより強固なものにし、次に買うスマートフォンもiPhoneを選んでもらうことに尽きる。

iPhoneはアップルの売上高の5割超を占めており、採算も高い「稼ぎ頭」だ。これを買い続けてもらうために、これまでありとあらゆる手を尽くしてきた。

スマートウォッチの「アップルウォッチ」やワイヤレスイヤホンの「エアポッツ」などのアクセサリーを充実させた時期もあったが、足下で強化しているのがサービスだ。

高成長のサービス部門

月額課金の音楽配信サービス「アップルミュージック」、動画配信の「アップルTV+」、アプリを販売する「アップストア」、決済サービスの「アップルペイ」などがこれに該当する。2022年9月期の業績によれば、主力のiPhoneの売上高が前年比8%と減少しているのに対し、このサービス部門は14%増と成長を牽引している。

中でも、強化している領域の1つが金融サービスだ。2014年にアップルペイ、2019年にアップルカードに参入。アップルカードのユーザー数は、2020年末の時点で640万人に達している。そして満を持してスタートしたのが、今回のアップル銀行というわけだ。

アップル銀行をスタートしたことで、同社の金融サービスは銀行決済に近いレベルにまで達したといえる。アップルカードでは、購入した金額の1〜3%が引き落とし口座に振り込まれる「デイリーキャッシュ」という特典がある。ただ、口座に預けているお金に金利がつくわけではなかった。今後は、アップルが投資信託や個別株、保険といった金融商品に参入してくることも十分考えられる。

大手IT企業の中で、自らのエコシステム強化のために金融事業に挑戦してきたのはアップルだけではない。とくに力を入れてきたのがアマゾンで、クイックペイメントサービスの「アマゾンペイ」のほか、プライム会員向けのクレジットカードなども展開。ECプラットフォームであるアマゾンマーケットプレイスに出店する中小の小売業者向けのローン「アマゾン・レンディング」も拡大している。

アップルがこのまま金融サービスを拡大すれば、いずれはアマゾンと全面対決する日が来るかもしれない。ただアップルには、アマゾンにないOS(オペレーティング・システム)という強力な武器がある。

かつてのようにiPhoneの高成長が望めない今、アップルが独自の経済圏をいかに強化し、収益拡大を図っていくのか。今後の打ち手が注目される。

山本 康正 ベンチャー投資家、京都大学経営管理大学院客員教授

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やまもと やすまさ / Yasumasa Yamamoto

東京大学で修士号取得後、NYの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得し、グーグルに入社。フィンテックやAI(人工知能)などで日本企業のデジタル活用を推進し、テクノロジーの知見を身につける。日米のリーダー間にネットワークを構築するプログラム「US-Japan Leadership Program」諮問機関委員。京都大学経営管理大学院客員教授。日本経済新聞電子版でコラムを連載。著書に、『シリコンバレーのVCは何を見ているのか』(東洋経済新報社)、『世界最高峰の研究者たちが予測する未来』(SBクリエイティブ)、『アフターChatGPT』(PHP研究所)、『テックジャイアントと地政学』(日本経済新聞出版)など。

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