電電公社を辞めKDDIを創った男に見えていた本質 「安定」から飛び出してこそチャンスをつかめる

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機内に入り、私は突然のぶしつけを詫び、簡単な自己紹介をすませると真藤氏の横に座りました。秘書が座るべき隣席に、顔も知らない社員がいきなり割り込んできたのだから、真藤氏もさぞかし驚いたことと思います。無礼を叱責されても仕方のない場面です。

しかし、氏は一瞬、いぶかしそうな表情を浮かべたものの、悠然たる態度を崩さず、飛行機が離陸するのを待ってから、「何か私に話があるのか」と落ち着いた口調で話しかけてきてくれました。

氏がおだやかな表情で耳を傾けているのを確かめつつ、私は真剣をサヤから抜くような気持ちで、もっとも肝心な一言を口にしました。

「実は、私は公社を辞めて、その競争相手となる会社をつくろうと思っています」

その瞬間、氏はするどい視線を私の顏に向けました。そして「君が?」と疑わしそうにつぶやきましたが、私が本気であると悟ったのでしょう、こう問い返してきました。

「一人で、ではないだろう?」

「はい」

「誰とやるつもりなんだ」

「京セラという会社をご存じですか? そこの稲盛さんと一緒にやるつもりです」

「賛成とはいえない。しかし、黙認する」

その名を聞いて、氏はけわしい顔をふっと緩めたように見えました。「そうか、稲盛くんとやるのか──。彼と組むのなら、うまくいくかもしれないな」

そして、しばしの沈黙のあと、真藤氏はこういったのです。

「私は電電公社の総裁という立場にある以上、ライバル会社をつくることに賛成とはいえない。しかし、君がそこまで通信業界の将来を考えて、稲盛くんとともにやるというのなら、君の行動を黙認する」

その頃の私は、当然ながら社内で猛反発に遭っていました。裏切り者呼ばわりされるだけでなく、公社の上層部から呼び出されて、君の退職は絶対認めない、それでも辞めるというのなら、新会社が立ちゆかないようにしてやるといった恫喝まがいの言葉で叱咤されることも一度や二度ではなかったのです。

そんな状況のなかでの直談判だったので、真藤氏からも叱責を受けることをなかば覚悟していました。

しかし真藤氏は、市場には競争が必要不可欠で、それがないところには進歩も発展もないことを私以上によく理解しておられたのでしょう。

立場上、「よし、やってみろ」とは口に出せないものの、黙認というかたちで私の挑戦の正当性を認めてくれ、暗黙のうちにも「がんばれよ」と共鳴やエールを送ってくれたと私には感じられました。

ふところの深い氏のそんな姿勢に私は深い感謝と感銘の念を覚え、「ありがとうございます」とふかぶかと頭を下げました。

次ページ翌日、私は辞表を出した
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