そして、これは過去のさまざまな科学的な研究から導き出された結論であることを、詳しく説明しました。私の説明を聞いたお二人ですが、最初は拍子抜けしたような顔をされ、その後に安心した様子が表情から見て取れました。
さらに私は言葉を続けました。
「がんは梶原さんの心に大きな喪失体験をもたらしたと思います。今まで思い描いていた未来の見通しが、がんに罹患したことで大きく形を変えてしまったように感じているとしたら、悲しんだり怒ったり、落ち込んだり、負の感情が生じることは当たり前のことです」
「ただ、これらの感情は悪いものではありません。なぜなら負の感情は心の傷をいやす働きがあるのです。悲しくもないのに無理に泣く必要はないですが、負の感情が湧いてきているのにそれを押し込めるのは心に負担が生じます」
悲しみも前を向くためのプロセス
つらいときに、心の感じるままに負の感情を表して、泣いたり、怒りの感情を話せたりする場があるのは、とても大切なことです。そして、心がおもむくままに過ごしているうちに、だんだんと「起きてしまったことはしょうがない」という考えが浮かんできます。
これは、気持ちが“その出来事を受け止められるようになった”サインです。そうすると、自然と前を向こうという気持ちが出てくるものです。
ですので、悲しみや怒りは前を向くための大切なプロセスの1つだと思ったほうがいい、という話をしました。
昇さんは由美子さんに「今まで無理に励まして悪かったね。これからはグチを言ったり、泣いたりしてもいいからね」と声をかけ、由美子さんはほっとしたのか、笑顔をみせながら涙を流していました(「がんと告げられたら」心を守るために大切な事)。
今回書いたように、がんの場合は「病は気から」という考え方は当てはまらない、ということを講演などで話すと、みなさん驚いた顔をされます。
そして多くの方が、「落ち込んだら病気に負けちゃうから前を向きなさい」といった言葉を周囲の人からかけられて苦しかった、ということを話してくれます。
よかれと思って励ます人を責めるのも酷かもしれませんが、このような誤解から苦しんでいる人は少なくありません。中谷先生のような研究者が明らかにしてくれた大切な事実がもっと広く社会に知られ、誤解がなくなることを願ってやみません。
1. Negative psychological aspects and survival in lung cancer patients Nakaya N, Saito-Nakaya K, Akechi T, Kuriyama S, Inagaki M, Kikuchi N, Nagai K, Tsugane S, Nishiwaki Y, Tsuji I, Uchitomi Y.Psychooncology. 2008 May;17(5):466-73. doi: 10.1002/pon.1259.
2. Personality and the risk of cancer
Nakaya N, Tsubono Y, Hosokawa T, Nishino Y, Ohkubo T, Hozawa A, Shibuya D, Fukudo S, Fukao A, Tsuji I, Hisamichi S.J Natl Cancer Inst. 2003 Jun 4;95(11):799-805. doi: 10.1093/jnci/95.11.799.
3. The effect of group psychosocial support on survival in metastatic breast cancer
Goodwin PJ, Leszcz M, Ennis M, Koopmans J, Vincent L, Guther H, Drysdale E, Hundleby M, Chochinov HM, Navarro M, Speca M, Hunter J.N Engl J Med. 2001 Dec 13;345(24):1719-26. doi: 10.1056/NEJMoa011871.
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