「病は気から」は、癌という病でも当てはまるのか 「落ち込む→免疫力低下→病気が進む」の真偽

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私が専門とするサイコオンコロジー(精神腫瘍学)という分野は、がんと心の関係について扱うもので、世界中でさまざまな研究が行われています。“がんに罹患すると、心がどう変化するのか”という研究が多いのですが、そのほかにもさまざまなテーマがあり、20~30年ぐらい前には、「がんにおける『病は気から』の真偽」について、関心が持たれていました。

心の状態ががんの発症や、がんの進行などに影響を与えるのか否か、という疑問について活発に議論されていたのです。

東北大学の中谷直樹先生はこのテーマの第一人者で、20年ほど前に国立がんセンターで机を隣に並べて研究をしていた、長年の友人です。

当時の彼は、日本人の大規模かつ精密なデータベースを用いて、うつ状態の人のがんは進行しやすいか(*1)、神経質な人はがんが進行しやすいか、がんになりやすいか(*2)、という疑問を解決すべく、日夜研究に励んでおられました。

発症や進行に関連は認めない

中谷先生が手掛けていた研究は、いずれも国際的に高く評価される質の高いものでしたが、その結果は「心の在り方と、がんの発症やがんの進行との間に関連は認めない」というものでした。

当時海外でも、サポートグループなどケアを受けるとがんの進行を遅らせることができるか、というテーマに興味が持たれていました。これも、「心のケアを受けることでつらさは和らぐが、がんの進行とは関連しない」という結果が得られています(*3)。

本稿を書くにあたって、がんの「病は気から」について、あらためて中谷先生に尋ねてみたら、次のように教えてくれました。

「今までの多くの研究を振り返っていえることは、気持ちが落ち込んでいることでがんが進行するのではないかということについては、心配しなくても大丈夫だと考えられています」

「多くの研究をメタ分析という方法で検討すると、わずかな関連は認めるかもしれません。ただそれは、落ち込んでいて、必要な治療を受けなくなってしまうことや、好ましくない生活習慣が続くことなどの行動を介して、影響が生じている可能性があるようです。なので、無理に前向きにならなくて大丈夫ですよ」

世界中の研究者も、中谷先生が言うような結論が出たと考えているためか、このような研究を最近は目にしなくなりました。中谷先生の言う“好ましくない生活習慣”に関しても、がんの場合はそれほど神経質になる必要はなく、よっぽど極端なことがなければ大丈夫だと考えています。

最近では、笑っていると免疫力が上がる(ナチュラルキラー細胞が増える)といった研究結果を取り上げる記事を、ときどき目にします。しかし、細胞レベルの変化の研究結果は再現性が保たれているのか?(つまり、たまたまだったのではないか?)という疑問が残ります。

たとえ本当に細胞レベルではそうだとしても、それをもってして笑っていることが大切だというのは、論理的な飛躍があります。がんの進行といった大勢に影響を与えるようなものではないからです。

診察場面に戻ります。私は梶原さんご夫妻に次のように声をかけました。

「落ち込んでいること自体も苦痛を伴いますが、梶原さんは気持ちの落ち込みががんの進行をもたらすのではないかと心配され、二重の苦しみを感じてらっしゃるのですね。しかし、そのことは心配しなくて大丈夫ですよ」

次ページ話を聞いて夫婦が見せた表情
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