金哲彦氏「20代の挫折で鬱状態」乗り越えられた訳 プロランニングコーチが語る「心の病と走る事」

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命を失った人たちに生きている者ができることは、死んでしまった人の思いや心をつないでいくことです。私にできることは、若くして死んでしまった先輩たちの無念を、私ができることで晴らすこと、すなわち目標をもってマラソンを走り続けることでした。

もし、“うつ”のままマラソンランナーを辞めてしまえば、一瞬の交通事故で亡くなった先輩方の無念を晴らすことはできなかったでしょう。走ることから逃げずに「走ることで失った自信は、走ることで取り戻す」ことが、亡くなった先輩たちの思いをつなぐことにもなると思ったのです。

このままでいいはずがない

動けない状態が数日続いた後、頭の中に「このままでいいはずがない」という冷静な気持ちが芽生えてきました。

重い体を起こし着替えて、外に出る。歩いて買い物に行く。食事を作って食べる。まずは当たり前の生活からスタートしました。

冬になる頃にはジョギングができるくらいまでふくらはぎは回復しました。少しでも走れるようになると、たった1回のランニングでも小さな達成感がありました。まだ、大きな目標は立てられる状態ではありませんでしたが、少しでも走れることで得られた達成感が、心の傷をいやしてくれました。

今思えば、ランニングのセロトニン効果をこのとき体験していたのだと思います。

市民ランナーとして走る今でも、フルマラソンのフィニッシュが近づき感極まったとき、亡くなった先輩たちの姿が脳裏に浮かぶことがあります。フルマラソンで当たり前のように起きる肉体の苦しみや痛みを、亡くなった人たちの代わりに味わう。長い道のりを苦しみながら走ることが弔いのように感じるのです。

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1ついえるのは、私にとってこの“うつ”体験がとても大事だったということです。この体験がなければ今の私はなかったと思うのです。

苦しみの渦中にいるときにそう思うのはとてもつらいですが、私の経験が少しでも皆さんの励みになれば、幸いです。

金 哲彦 プロランニングコーチ

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きん てつひこ / Tetsuhiko Kin

早稲田大学在学中4年連続で箱根駅伝5区(山登り)を走る。卒業後、リクルートランニングクラブの選手を経て、後にコーチ・監督に就任。有森裕子、鈴木博美、志水見千子、高橋尚子らオリンピック選手を指導。現在は市民ランナーからオリンピックランナーまで幅広く指導する、NHK BS1『ランスマ倶楽部』でお馴染みの プロ・ランニングコーチ。テレビやラジオの駅伝・マラソン中継の解説者としても活躍、東京オリンピックや世界陸上オレゴン大会でも陸上競技の解説を担当した。ランニングに関する著書は多数。

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