「妊娠中絶」手術か薬かの問題よりもっと重要な事 「飲む中絶薬」承認に対するパブコメ1万2000件

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稲葉医師は経口中絶薬について報じる日本のメディアの報道の仕方について、違和感を覚えているという。

「金属製の手術器具をわざわざ写して、中絶手術は危険で怖いものといったイメージを与えるような描写が多く、それに対して経口薬は安全という表現が多いですが、ミスリーディングです」

経口薬のメリットとデメリット

では、経口中絶薬のメリットは何だろうか。稲葉医師は「手術より費用が安くすんだり、入院しないですんだりするのであれば、1つのメリットになるかもしれないが、実際の価格や運用がまだわかりません。日本の中絶手術がいくら安全といっても合併症のリスクはゼロではないので、手術をしないですむことはメリットといえるかもしれない」と話す。

逆にデメリットとして、まず懸念しているのは女性の心理的な負担だ。

「手術であれば麻酔で眠っている間に終わるが、飲み薬を入院不要で処方された場合、出血や痛みに家で自分で対応することになる。赤ちゃんを包んでいる胎嚢(たいのう)が出るときには腹痛も出血もあるので、それに1人で対応するというのは心理的に負担を感じる方もいるのではないか」(稲葉医師)

個人差があり、妊娠の週数にもよるが、出血はそれなりにあり、“塊”として出てくることもある。「そうした状況で、もしも女性自身が罪悪感を抱くことになってしまうとしたら、本望ではないですね」(稲葉医師)

入院は必要なのだろうか。稲葉医師は「胎嚢が実際に出てくるという状況を、女性ご自身が1人で受け入れられるのであれば、入院でなくてもいいかもしれないですが、大量出血など緊急時にすぐ受診できる体制も必要」と話す。

緊急時に病院にたどり着けない人が出ないよう、まずは入院できる病床があり、緊急時の対応が可能な病院でのみ処方可能とし、服用後に自宅で自分だけでは対応できないような状況がどれぐらい発生するかなどを調査したうえで、現実的に支障のない範囲でシチュエーションを広げていくほうが安全ではないかと、稲葉医師は提案している。

病院側からすると、臨床試験では9割以上の人が24時間以内に中絶に至ったとはいえ、人によって状況は違う。手術であれば15分ほどで完結するのが、経口薬ではそれが読めないぶん、長い時間を要し、負担がかかるという面もありうるという。

中絶が完了しなかった場合はどうなるのだろう。

厚労省の資料では、出血があったときは来院し、超音波検査で(中絶できたかどうかを)確認するといった旨が記載されている。出血があっても、本当に胎嚢が全部排出され、中絶が達成されたかどうかは、自己判断ではわからないからだ。出血がない場合も、遅くとも1週間を目途に来院し、超音波検査を受ける必要があるという。中絶が完了していなければ、手術で処置を行う必要性が出てくる。

経口中絶薬は海外では1988年にフランスで初めて承認され、前述したとおり65以上の国と地域で使用されている。

日本ではなぜ普及しなかったのだろうか。その理由について稲葉医師は「日本は中絶手術が安全に行われていたため、世の中からのニーズが大きくなかったので、これまで製薬会社の申請もなかったのではないか」と推測する。

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