高知東生「父は侠客、母は自死」の凄絶を見つめて 「おふくろを憎んでいた」謎だった自死の理由

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何でも好きなものを買ってくれる、たまに姿を現すおばちゃん。出会ってから約3年後、高知さんが小学校5年生のとき、祖母から「実はあの人はあなたのお母さんなんだよ」と真実を教えられた。

その筋の愛人であった母は、一緒に暮らすようになると人が変わったように、高知さんに接するようになった。

「2~3日家に帰ってこないこともあれば、帰ってきたとしても毎回酔っぱらって帰ってくる(苦笑)。あんなに優しかったのに、まったく優しくなくなって。もともと、これが普通だったのかもしれないけど、子どもだった僕は受け入れることができなかった。

打ち解けることができないまま、ある日、おふくろが『ねぇ……私、綺麗かな?』と聞いてきた。その直後に、車でどこかに出かけると、そのままトンネルの壁に激突して自決してしまった。おふくろを憎んでいた自分がいた。それをパワーに変えて、自分なりに一生懸命生きてきたと思っていました」

だが、母を知るかつての同僚に話を聞く中で、自身が抱いていた母親像が良い方向へと変わっていった。

「本当は愛されていたんだって気が付けた。もっといろんなことが話せたんじゃないかって。そういう気持ちを、『土竜』の中の一編である『アロエの葉』に詰め込みました。書きながら泣いている自分がいて、『本当はこういう思いだったんじゃないのか?』、そんなとらえ直しを小説を通じて描いたつもりです」

過去と向き合ったからこそのリアリティ

『土竜』は、『小説宝石』に発表された「シクラメン」をはじめ、6編の小説から構成される。俯瞰して自分を見つめ直したことで、主人公である竜二(高知さんの本名である丈二がモチーフ)のほか、異なる人物の視点で物語が進むものまである。

「自分の過去と向き合う」ステップがあったからこそ、物語は重厚かつ立体的に進んでいくが、その筆致力は、「これをあの高知東生が書いたのか!?」と驚きと称賛をもって迎えられるほど“本格的”だ。

たとえば、高校生の竜二が色街である玉水新地に足を踏み入れるくだりは、以下である。

(中略)土手道からどぶ川には、欄干に雲形の意匠を凝こらした石橋がかけられ、その橋を渡った先にある狭い低い土地が玉水新地だ。

ここはかつて、映画や小説で有名になった「陽暉楼」もあった遊郭で、戦後、売春防止法ができるまではひときわ賑やかな場所だったらしいが、今ではうらぶれ淫靡な匂いだけを残している。

もちろん俺はそんな小説も映画も興味はない。あるのは表向き「旅館」の看板を掲げた木造の長屋街で、法外の安さで抱ける女のことだけだ。

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