「脱サラしてプロ棋士に」"非エリート"が叶えた夢 小山怜央「震災を乗り越え、20年挑戦し続けた」

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怜央は中学3年で初めて奨励会を受験したときに、北島門下に入門した。受験に失敗した後も、研究会などでずっと目をかけてもらってきた。

北島は怜央と同じ29歳でプロになった棋士だ(旧奨励会年齢制限規定による)。奨励会入会からプロデビューまで15年を要した。挫折を乗り越えてきた弟子の気持ちを、最も理解できる存在だった。

「だからこそ、師匠のその言葉が胸に響き、前向きな気持ちになれました」

続く第4戦、怜央の指し手は冴え、一局を通して完勝といえる内容だった。奨励会に入会経験のない棋士は、現行の規定が整備された戦後では初になる。岩手県出身としても、初めてのプロ誕生だった。

前出の甲斐は言う。

「小山さんが成し遂げたことは、とても価値のあることだと思います。奨励会に入らずとも、棋士になれる道を示したわけですから。今後は後に続く人が増えるのではないか。また、一般社会を経験している人が将棋界に入ることで、業界的に多様性が広がるかもしれません」

小山怜央さん
小山怜央さん(写真:筆者撮影)

「非エリート」だからこそ見せられる景色

遠回りをしてきた男が、ついにプロの舞台に上がった。若さが将来への期待値とされる将棋界において、29歳という年齢でのスタートは正直厳しくもある。アマ棋戦よりもはるかに長い持ち時間への対応、勝ち進めば過密な日程に耐える体力も必要だ。だがアマチュア棋士だった者にとって、プロと公式戦で戦える以上の喜びはないと怜央は言う。

「棋士の先生方を尊敬して、勝敗よりも何かを得たいという気持ちでやってきました。将棋はいくら強くなっても、まだ上があるゲームなんです。終わりがないから夢中になる。今はそのダンジョンを上がっていくような感じですかね」

同世代の棋士たちは、すでに現在の将棋界を牽引する存在になった。その下の世代も、藤井聡太竜王のような若年から活躍する“エリート棋士”が生まれている。

「将棋の世界でエリートというのは、小学生で奨励会に入り、10代のうちにプロになるような人たちです。彼らは別世界にいるというか、自分とは関係ない存在に思えていました」

だが、エリート街道を歩んできた者だけが、何かを残すわけではないはずだ。非エリートだからこそ見せられる景色がある。その言葉を彼に投げかけてみた。

「そう思います」

この日一番力強い声が返ってきた。

野澤 亘伸 カメラマン/『師弟~棋士たち魂の伝承』著者

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のざわ ひろのぶ / Hironobu Nozawa

1968年栃木県生まれ。上智大学法学部法律学校卒業。1993年より写真週刊誌『FLASH』の専属カメラマンとして活動を開始。主に事件報道、スポーツ、芸能などを取材、撮影。同誌の年間スクープ賞を3度受賞。フリーとしてタレント写真集や雑誌表紙を多数撮影。小学生の頃からの将棋ファンで、著書『師弟 棋士たち魂の伝承』(2018年、光文社)と『少年時代に交わした二つの約束』(2019年、将棋世界)で第31回将棋ペンクラブ大賞を受賞した。ほかに海外取材をまとめた『この世界を知るための大事な質問』(2020年、宝島社)などがある。

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