トヨタ「キャバリエ」日米貿易摩擦で生まれた悲運 日本では受け入れられず、2000年に姿を消した

✎ 1〜 ✎ 11 ✎ 12 ✎ 13 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
キャバリエ
1996年に登場し、2000年までのわずか4年間のみ販売されたトヨタ「キャバリエ」。セールス面で苦戦し、予定していた5年の販売期間を待たず、4年で販売を打ち切られた(写真:トヨタ)
20~30年以上経った今でも語り継がれるクルマが、続々と自動車メーカーから投入された1990年代。その頃の熱気をつくったクルマたちがそれぞれ生まれた歴史や今に何を残したかの意味を「東洋経済オンライン自動車最前線」の書き手たちが連ねていく。

トヨタの「キャバリエ」という車名を聞いて、所ジョージが歌う「楽チ~ン!キャバリエ~」「キャバリエな人~」といったCM、そこに登場したハスキー犬のインディくんを思い出す人も多いかもしれない。そんなポップなCMの裏側には、日米貿易摩擦の緩和という使命を背負っていた。今回は、そんなトヨタの絶版車であるキャバリエを振り返っていく。

ゼネラルモーターズ製のキャバリエ

「キャバリエ」は、ゼネラルモーターズ(GM)の小型4ドアセダンである。スポーツカーと大衆車を中心とした銘柄のシボレー製で、初代は1982年に誕生した。

アメリカは、1970年代にあった2度の石油危機で、燃費改善を市場に求められた。1970年代といえば、排出ガス規制の本格的な要求も高まった時代であり、排出ガス浄化と燃費向上の両方を一気に進めることはむずかしかった。そこでGMは、提携関係にあるドイツのオペルや、日本のいすゞと協力して、小型車の開発を行ったのである。それが初代シボレー・キャバリエだ。

それを有効活用するため、GMは、キャデラック「シマロン」、ビュイック「スカイホーク」、オールズモビル「オメガ」、ポンティアック「サンバード」、そして日本ではいすゞ「アスカ」なども生産し、販売された。

のちにトヨタでも販売されるキャバリエは、3代目にあたる。

次ページ日米の貿易摩擦で生まれた悲運のクルマだった
関連記事
トピックボードAD
自動車最前線の人気記事