発がん性リスクに40年間沈黙し続けた世界のGSK 潰瘍治療薬ザンタックは最も売れた処方薬だった
ラオバル会社の実験結果を「シカト」
グラクソは82年3月にもラニチジンの危険性を示す別の研究を知った。それはH2受容体拮抗剤「タガメット」を製造するライバル企業スミス・クライン・アンド・フレンチ・カンパニーがグラクソに送り付けたわずか数ページのリポートで、科学者がラニチジンを異なる濃度の亜硝酸塩とまぜ、有害物質の形成を確認。その物質はNDMAだとした。
グラクソが疑念を持つことは当然だったはずだ。ある企業が競合製品を試験し不備を見つけたのだ。グラクソは社内の科学者リチャード・タナー氏に独自の試験を行うよう求め、同氏は同じ結果を得た。一部の検体に最大23万2000ナノグラムのNDMAを検出した。どの医薬品でも許容される上限とFDAが後日みなしたNDMAの量は96ナノグラム。タナー氏が比較的少量の亜硝酸塩を使用した際にはNDMAは検出されなかった。これは実際の人の胃の状態に近いと同社が現時点で主張する水準だ。だが裁判所資料によると、82年にグラクソは研究結果を伏せ、FDAも知らなかった。
グラクソはラニチジンについて深刻になりそうな別の問題も認識していた。ラニチジンが常に安定的ではないことだ。熱や湿気の影響を受けやすく、いずれも度合いが過剰になると品質が劣化し得る。FDAはのちにこの点に注目することになる。極端な状態でなくても通常の室温など一定の条件でラニチジンは分裂し始め、ラニチジンそのものの中でNDMA形成の条件が整う。
82年3月にグラクソはラニチジンの新薬承認申請(NDA)に動いた。米国で初の臨床試験が始まったのはそのわずか2年前だった。同年5月のFDA諮問委員会への説明で、グラクソの科学者らは3つの研究結果を示し、長期(約2年)投与でラットやマウスにがんを引き起こすことはなかったと指摘。「胃の中や他のどこにもラニチジンが発がん性物質になる証拠はない」と主張した。また、人の通常の状態でラニチジンがニトロソアミンを形成する可能性があるとの見方に反論した。タナー氏の研究にも言及しなかった。