イーロン・マスクの思考を生んだ幼少期の愛読本 ブッ飛んだ未来像を描ける人になるための手法

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このように説明すると、SFの活用は「大げさなイメージで実体のなさをごまかすズルいやり方」に思えるかもしれませんが、それは違います。

モノが飽和し、価値が成熟した世の中では、既存のロジックだけで説明できるものには、もはや大きな価値が宿らなくなっています。日本企業が得意とする「いいものを作る」「きちんと作る」「たくさん作る」という能力は素晴らしいものですが、それだけでは未来志向の価値が生まれなくなっているのです。

こうした環境変化を背景に、今、企業経営における「ナラティブ(物語)」の重要性が、よく指摘されるようになっています。「その企業が何をめざしているのか」というビジョンを、物語としてわかりやすく語らなければ、評価が得られないようになってきているのです。

投資家側もSF的なビジョンを重視

今後成長する可能性が高い事業を見きわめようとする投資家側も、SF的なビジョンを重視するようになっています。先見の明のあるベンチャーキャピタリストとして名を馳せるピーター・ティールも、ピーター・ディアマンディスも、マーク・アンドリーセンも、SFファンです。ブッ飛んだ未来像をクリアに描ける事業は投資家を引きつけ、巨額の資金調達を可能にしていく傾向がどんどん強くなっているといえます。

NewsPicksの記事に、このような投資家心理が表現された面白い記述がありました。

ベンチャーキャピタリストもSFが大好きだ。VC2社の共同創業者であるブラッド・フェルドは、SFというジャンルを読むと「さまざまな投資対象に関して、脳のなかで無意識のフレームワークが生まれる」と語っている。

SDGs時代の投資のトレンドに「インパクト投資」があります。金銭的なリターンよりも「社会的なインパクト」を求める投資で、その企業に投資した結果、地域福祉が向上して貧困率が下がったとか、緑化が進んで炭素排出量が減ったとか、そういうポジティブな社会変化が重要視されるようになってきています。

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これにならえば、SF好きの投資家のやり方は「世の中をSF化する」ための「SF投資」といえそうです。

まさに「SF投資」の対象となっているテスラの広告予算は、なんとゼロだと言われています。SF的な未来をぶち上げることそのものが、広告以上に投資家や顧客を引きつけているのです。

SF的なビジョンが巨額の投資と結びつくことで現実化のパワーを与えられ、さらにビジョンのスケールが大きくなっていく―― 。恐ろしいことに、SF投資が、SF格差をさらに広げてしまう、というわけです。

宮本 道人 科学文化作家、応用文学者

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みやもとどうじん / Dohjin Miyamoto

1989年生まれ。筑波大学システム情報系研究員、株式会社ゼロアイデア代表取締役、博士(理学、東京大学)。編著『プレイヤーはどこへ行くのか――デジタルゲームへの批評的接近』、原案担当漫画連載「教養知識としてのAI」(人工知能学会誌)、対談連載「VRメディア評論」(日本バーチャルリアリティ学会誌)など。『ユリイカ』『現代思想』『実験医学』などに寄稿。原作担当漫画「Her Tastes」は2020年、国立台湾美術館に招待展示された。

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