ヒロユキさんは同ユニオンに加入すると同時に施設を退所。この1年は引き出し業者らとの団体交渉を通し、すべての入所者を対象にした未払い賃金の支払いや天引き行為の是正などを求めてきた。
「無事でよかった」と母は泣いた
この間、久しぶりに家族にも電話をした。業者側から息子さんは行方不明とだけ聞かされていた母親はヒロユキさんの声を聞くなり「無事でよかった」と泣き出した。心中にくすぶっていた親を責める気持ちはその瞬間に霧散したという。
引き出し業者にかかわった親子の関係は取り返しのつかないほど悪化することが珍しくない。親は藁にもすがる思いで業者を頼るが、それにより子どものほうは心身ともに深刻な傷を負うからだ。ヒロユキさん親子はきわめて例外的で幸運なケースといえる。
ヒロユキさんは地方都市の出身。中学時代に一時的に不登校になったものの、その後は高校、大学に進み、無事に卒業もした。しかし、就職ができなかった。というか就職活動そのものができなかったという。「人付き合いが苦手で……。(社会に)出る勇気がなかった。身動きができない、という状態でした」。
短期のアルバイトや派遣は経験したものの、基本的に自宅にひきこもる生活。ひきこもり状態は30年近くに及んだ。
働くことが嫌ですか? 私が尋ねると、ヒロユキさんはこう答えた。
「そういうわけではないと思います。ただ働く以前の問題なんです。面接で何かを聞かれても答えられる気がしない。履歴書に書くこともない。そう思うと動けない。(社会にも、家族にも)申し訳ない、恥ずかしい、後ろめたい気持ち。ひきこもりは自己責任だと思うかですか? 完全に自分の責任です」
かつてあるひきこもり経験者が取材に対し「好きでひきこもっている人はあまりいないと思う。ひきこもっている間つらかった」と話していた。何とかしなければならないと思うのにできないという葛藤に毎日さいなまれるのだとしたら――。そのしんどさは、私にも少し想像できる気がした。
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