家臣の家康への皮肉が書かれた「三河物語」の中身 「主君を裏切る者が出世している」と憤慨

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
家康の活躍や人柄が描かれている『三河物語』(写真:freeangle/PIXTA)
NHK大河ドラマの影響もあり、脚光を浴びている徳川家康。その家康に忠実に仕え、将軍相手にもひるまず意見する「天下のご意見番」としても知られているのが大久保忠教(ただたか)です。忠教が記した『三河物語』には、家康の活躍や人柄が描かれているだけでなく、当時の徳川家に対する痛烈な皮肉も綴られています。そんな、『三河物語』の内容を、『深読みしたい人のための 超訳 歴史書図鑑』よりピックアップします。

 

『三河物語(みかわものがたり)』

作:大久保忠教

年:江戸時代前期

構成冊数:3巻

分野:歴史書(軍記物語を意識)

松平・徳川家と大久保家の事績

徳川家康に長年仕えた旗本の大久保忠教は、「彦左衛門」の通称と「天下のご意見番」として広く知られています。『三河物語』は忠教が著した書物で、家康を中心とした松平・徳川家の歴史と、大久保家歴代の事績がつづられています。

全3巻で構成され、上巻は(松平家始祖という建前の)清和源氏の由来にはじまり、初代・松平親氏から8代目である家康の父・広忠まで、中巻は家康の人質時代から織田信長との清洲同盟の成立を経て、信長の比叡山延暦寺の焼き討ちまでが記されています。

下巻は武田家との抗争から本能寺の変、豊臣秀吉への臣従を経て、関ヶ原の戦いでの勝利、大坂夏の陣までが記されています。後半には忠教の子孫に向けた教訓も記されており、下巻は分量が多くなっています。

大久保彦左衛門忠教は、1560年に三河国(現在の愛知県東部)で生まれました。父の忠員(ただかず)は家康の祖父・松平清康から3代にわたり松平家・徳川家に仕えた重臣です。忠教の長兄・忠世(ただよ)は「徳川十六神将」に数えられ、次兄の忠佐(ただすけ)も戦場で活躍し、ともに江戸幕府の成立後は譜代大名となっています。

彼らの異母弟にあたる忠教も、少年時代から松平(徳川)家に仕え、初陣以降は家康の合戦のほとんどに参加しています。いわゆる武断派の武将(武官・番方)の1人であり、戦場における槍働きで家康の信任を得ていきました。

次ページ不遇の中で書かれた『三河物語』
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事