家臣の家康への皮肉が書かれた「三河物語」の中身 「主君を裏切る者が出世している」と憤慨

拡大
縮小

本書でもっとも注目すべきは下巻の後半です。忠教は「子どもたちよ、よく聞け」の言葉に続けて、大久保家のこれまでの忠節、子孫たちが心掛けるべき振る舞いをつづっており、その教訓こそ『三河物語』の本分といえます。

とくに「主君を裏切る者や卑劣な行いをする者が出世し、主君に忠義を尽くす者や武勇を尽くす者は出世しない」というくだりは、自虐であるのと同時に、計算高い家臣や新参の外様が優遇され、歴戦・古参の譜代衆が不遇であると述べています。つまり、当時の徳川家に対する痛烈な皮肉です。

それでも忠教は、「飢え死にしたとしても主君を裏切るようなことをしてはならない」と、子孫たちに忠義を説きます。重要なのは、富でも命でもなく名誉であり、その思いは「人は一代、名は末代」の言葉に集約されているといえます。

恵まれない境遇の武士を勇気づける

深読みしたい人のための 超訳 歴史書図鑑
『深読みしたい人のための 超訳 歴史書図鑑』(かんき出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

多くの人たちが忠教からイメージするのは、やはり「天下のご意見番」としての姿でしょう。旗本が駕籠に乗って登城することを禁じた幕府への当てつけとして、大だらいに乗って登城し、相手が将軍であっても歯に衣着せぬ物言いをする。時代劇でおなじみのシーンです。

『三河物語』の忠教は、時には家康と激しい口論を交わしています。そうした逸話がご意見番としての忠教像を形成していきました。実録本の『大久保武蔵鐙(おおくぼむさしあぶみ)』では、一心太助という快男児のキャラクターも生み出され、2人の活躍を描いた歌舞伎や人形浄瑠璃、講談の演目は人気を博しました。

『三河物語』は印刷本としては刊行されず、写本のみで伝えられましたが、多くの武士が愛読していたと見られています。反骨精神あふれる貧乏旗本の忠教は、同じような境遇の武士を勇気づける存在だったのです。

【著者・伊藤賀一先生のひと言メモ】
『三河物語』は大久保彦左衛門の自叙伝ではなく、あくまで子孫を教戒するために書かれた家訓書。平和な時代になり、「武」で生きてきた者が「文」に切り替えることはままならない。率直な物言いと、それでも主君への義を失わない誠実さ。彦左衛門の魅力を集約した本書は、今も圧倒的な輝きを放ち、読者をつかんで離さない。快著!
伊藤 賀一 「スタディサプリ」日本史講師

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

いとう がいち / Gaichi Ito

1972年9月23日京都府生まれ。リクルート運営のオンライン予備校「スタディサプリ」で日本史・倫理・政治経済・現代社会・中学地理・中学歴史・中学公民の7科目を担当する「日本一生徒数の多い社会講師」。

43歳で一般受験し、2018年現在、早稲田大学教育学部生涯教育学専修3年に在学中。著書・監修書は、文庫『世界一おもしろい日本史の授業』シリーズ、『「カゲロウデイズ」で中学歴史が面白いほどわかる本』など。ラジオパーソナリティー、リングアナウンサーなど、その複業術も注目を集める。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT