豊臣秀吉は「ズバ抜けて出世する人」の典型だ 「人たらし」だけじゃない!5つの秘密とは?

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豊臣秀吉は、なぜここまで「大出世」できたのでしょうか(写真:AFLO)
下克上が世の常だった戦国時代には、自らの才能を武器に「大出世」を実現した英雄は数多い。
その中でも、「半農の下級武士」という低い身分から最終的に「天下人」まで上り詰めた豊臣秀吉は稀有な例であり、「日本史上、最も大出世を遂げた人物」のひとりと言っても過言ではない。
大出世を可能にしたのは、「人たらし」の異名を持つ天才的な人心掌握術が一因だが、それだけが原因とは考えにくい。秀吉の出世の裏には「他の要因」も存在していた。
「日本史を学び直すための最良の書」として、作家の佐藤優氏の座右の書である「伝説の学習参考書」が、全面改訂を経て『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 教養編』『いっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編』として生まれ変わり、現在、累計17万部のベストセラーになっている。
本記事では、同書の監修を担当し、東邦大学付属東邦中高等学校で長年教鞭をとってきた歴史家の山岸良二氏が、「秀吉の大出世」を解説する。

戦国時代、最も出世した人物は誰?

『いっきに学び直す日本史』は「教養編」「実用編」合わせて17万部のベストセラーになっている(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

15世紀中頃に起きた「応仁の乱」をきっかけに、約150年にわたる長い戦乱が続いた戦国時代。足利幕府の弱体化とともに、全国各地では「下克上」の名のもと群雄が割拠し、やがて「戦国大名」と呼ばれる独自の地方権力が誕生します。

そんな戦国大名の中には、異色の経歴を持つ人物も少なくありませんでした。たとえば、後に小田原を根拠地に関東を支配した北条早雲は、元の名は「伊勢長氏(盛時という説もある)」といい、出自にも諸説あります。また、美濃一国を支配した斎藤道三は「油売りの行商人」だったとも言われており、彼らは自らの才覚によって大きな出世を遂げました。

そうした中でも、豊臣秀吉は「自らの才覚で大出世した」最たる例と言ってもいいでしょう。「半農の下級武士」という低い身分に生まれながらも、ついには「天下人」として頂点を極めます。間違いなく、「日本史上、最も大出世を遂げた人物」のひとりです。

豊臣秀吉は、なぜここまで出世できたのか。その要因のひとつに「人たらし」があげられますが、それだけでは天下をつかむことはできなかったはずです。

今回は「秀吉の大出世」をテーマに、彼がいかに天下人となりえたのか、その理由について解説します。

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