一方、『更級日記』の作者があこがれるもう1人のヒロイン・浮舟は、受領階級という、中流階級の女性だ。彼女は光源氏の息子世代の巻で登場するヒロイン。光源氏の息子である薫は、浮舟に執心するのである。
浮舟は中流の身分であるうえに、東国という地方で生まれ育った女性である。薫は浮舟を宇治へ連れてゆき、物語の舞台が宇治へうつるため、薫世代のエピソードは「宇治十帖」と呼ばれるようになる。
身分は高くないながらも愛される「薄幸のヒロイン」
浮舟の性格は、ひたすら受け身の女性であることが特徴。東国からいきなり都へ連れてこられ、薫に一目ぼれされたと思ったら、宇治へ連れていかれる。そんな身の上を嘆いた浮舟が詠んだ歌がこちら。
<訳>今いる場所が、つらい現実世界を離れた別のどこかだと思えたなら、何もかも忘れられて、うれしいでしょうけれど……。
現実逃避も甚だしい和歌であるが、浮舟は真剣に「ここじゃないどこかへ行きたい」とつねに願っていた。その末に宇治川へ入水までしてしまうのだ。結局僧侶に助けられるが、薫の熱烈なアプローチから逃げて終わることになる。
現代的な感覚からすると、浮舟はなんだか受動的で、現実を嘆いてばかりのヒロインに思えるけれど、『更級日記』の作者からすると、そんな「ここじゃないどこかへ行きたい」という浮舟の切なる願望は、感情移入できるものなのかもしれない。
つまり『更級日記』の作者があこがれた2人のキャラクターを並べてみると、身分は高くないながらも、光源氏や薫に熱烈に愛され、薄幸のヒロインとして終わる……そんなあらすじが見えてくる。
しかも2人とも、あまり恋愛に積極的ではないが、そこにいるだけで美人のうわさが立つ女なのだ。
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