「今年もやっぱり緊張して口の中がからからに乾きました」と、終了後に知子さんはにこやかにコメントを述べた。ある年には競技中に頭の中が真っ白になり、40秒間沈黙したまま呆然と立ちつくしたこともあるという彼女だが、とうとう2014年、準優勝の栄光を手にすることになった。成功の秘訣はなんだったのだろうか?
「練習では、ひとつひとつに『なぜ?』と問いかけていきます」
コーチ役の山本尚さんはそう語る。
彼はウニールを展開するコーヒーロースター「ヒサシヤマモトコーヒー」の社長であり、知子さんの夫でもある。ウニールからJBCに出場したスタッフ4名は、皆、尚さんの前でトレーニングを重ねた。「彼の指摘はとにかく細かいんです」と知子さんが笑えば、「彼女はよく言えばおおらか、悪く言えば適当(笑)」と尚さんが応じる。
問いかけの連続が、バリスタを成長させる
「なぜこの道具を使うんだ。なぜその動きをするんだ。なぜそれをしゃべるんだ。そういう問いを積み重ねて、スタッフに自問自答させ、その人が作りたいものを高いレベルに引き上げる。特訓を受けるほうは僕にビビっているかもしれないが、僕は“愛ある厳しさ”だと思っているんです。知子に対しては、特に厳しくなる」。
「なぜ、もっと完成度を上げられる余地があるのに、『これでいい』と満足してしまうのか」。尚さんが怒るのは、甘えに対してである。とことん突き詰めようとしないことへの怒り。「その項目は昨日チェックしたから大丈夫」と安心するのではなく、昨日チェックしたことは今日もチェックして、精度を高めていかねばならないのだ。
まるで体育会系の監督のようだが、実際に尚さんは中学、高校時代を通してラグビー部に所属していた。チームとして熱い心を共有しながら、目標に向かって進む毎日。「テレビの学園ドラマ『スクールウォーズ』の影響もありましたね(笑)」。思い描いていた将来は、「学校の先生になって、ラグビー部のコーチをする」こと。その熱い血は現在も、バリスタの名コーチ役となった彼の胸に流れている。
これは本当にベストの焙煎か?
尚さんの厳しさは、焙煎する自分にも向けられる。これは本当にベストの焙煎なのか、つねに自分に問いかける。コーヒーの焙煎は、生豆の状態や焙煎日の天候に複雑な影響を受けるので、焙煎士たちは皆、完成品にある程度の幅をもたせて、自分で設定したストライクゾーンの中に収まっていれば合格とする。そのストライクゾーンが、尚さんはかなり狭いのだ。理想よりほんのわずか豆に火が入りすぎたが、スタッフが飲み比べてみても違いはわからない――そんな場合でも、自分が求めていたものとは違うと判断すれば、決して売ることはない。
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