イチョウ並木
2019年11月が終わるころ、こうめいさんは、それまでたまっていた有給休暇を使って仕事を休み、みどりさん、もっちゃん、こっちゃんのお世話に専念するようになった。
えつこさんも埼玉県の実家から頻繁にこうめいさん宅に通い、2人の幼稚園への送り迎えや家事を分担した。週末にはよく、のりあきさんのクルマで2人を実家に連れて帰り、遊び相手をした。こうめいさんの母も月に2回ほどの頻度で香川県からやってきて、数日間滞在した。そうして、こうめいさんがゆっくり、みどりさんのケアにあたれるようにした。
みどりさんは週に1度、抗がん剤治療を受けるため、こうめいさんの運転するクルマで慶應義塾大学病院に通院した。それは、こうめいさんとみどりさんが、2人になれる時間でもあった。
12月5日、都心は晴れていた。最高気温は平年をやや上回る14.5度。お昼近く、こうめいさんとみどりさんは、明治神宮外苑の通りを歩いていた。イチョウの葉が黄色く輝き、目の前をたくさんの人たちが行き交った。
神宮外苑は、慶應義塾大学病院からほど近い。朝、クルマで病院に着こうとしたとき、こうめいさんが車窓の向こうで色づいたイチョウに気づき、「きょう、もしも点滴が早く終わったら、イチョウ並木を見に行こうよ。体調がよければ、だけどさ」と、みどりさんを誘ったのだった。
「そういえば、イチョウに縁があるよね」
点滴を終え、2人でイチョウ並木を歩きながら、そんな話をした。2014年の新婚当時、赴任していた福島県いわき市内に、イチョウのきれいなお寺があり、結婚式を挙げた横浜市の式場近くにもイチョウ並木があった。香川県の実家の真ん前にも、6本の大きなイチョウの木が立っていた。そんなことを話しながら、神宮外苑をゆっくりと歩いた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら