ママがはやくよくなりますように
入院したみどりさんは、スタッフから手渡された抗がん剤治療の手引を、熱心に読んでいた。さっそく始まった抗がん剤治療では、どんな薬を使うのか、どんな副作用が起きうるのか、対策のためどんなふうに過ごすべきなのか、といったことがまとめられていた。
抗がん剤をうったら、体を病原体から守る免疫機能が下がる、ともあった。だから、点滴を打ってすぐの間は、こうめいさんから「売店まで一緒に行く?」と誘われても、がまんして病室をあまり出ないようにした。ふだんだったら問題とならないようなウイルスや細菌に感染し、体調を崩す恐れがあるためだった。
もともと好きではなかったマスクもつけるようになった。寝るときもなるべく外さないようにした。新型コロナウイルス感染症が流行し、だれもがマスクをして街を行き交うようになるのは、まだ先のことだった。
体調をできるだけ整えて、毎週の抗がん剤をしっかり乗りきろう─。
こうめいさんには、みどりさんが治療の完遂を第一に、前向きになっているように見えた。
みどりさんの体の痛みは、転院してからのモルヒネが効いているらしく、以前よりもだいぶおさまっていた。点滴のバッグに装置がつながり、痛いと感じたときに装置のボタンを押すと、追加のモルヒネが注入されるしくみも導入されていた。眠る前にボタンを押して寝床につくと、以前より眠れる時間も増えた。
食欲が少しずつ出てきて、スープやゼリーなどを口にできるようになった。ただ、胃の出血はまだ続いているらしく、胃を保護する薬を食間に飲んだ。輸血をして、失われた分を補うこともあった。
工場エンジニアであるこうめいさんは、週に2日は在宅勤務にし、幼稚園に通うもっちゃん、こっちゃんのお弁当づくりを始めた。
いり卵に、鶏そぼろ。ウィンナーの先端に切れ目を入れてタコの脚のようにして、頭の部分に切り抜いた塩昆布を貼りつけ、目がついているように見えるようにした。白ご飯と味のりで、しろくまを形づくったりもした。それまでは、みどりさんに任せきりだったが、こうめいさんは独身時代、自炊をしていたこともあって、お弁当をつくること自体はさほど苦にはならなかった。
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