32歳「スキルス胃がん」の母親が娘に宛てた手紙 iPadには「退院したらやりたいことリスト」

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ほぼ同じころ、みどりさんの右側の肩の下、胸の上あたりに、「CVポート」という器具を埋め込む手術が行われた。ここに、点滴用の針をさし込んで、抗がん剤などの薬を注入するようにする。こうすることで、腕の血管に繰り返し針をさすよりも、安定して薬を入れることが可能になる。

こうめいさんの目には、みどりさんが治療に前向きなのは、不安に陥りたくない気持ちの裏返しなのではないか、と映った。

ひまがあると、抗がん剤治療の手引を読んだり、折り紙を折ったりして、一人で考え込む時間をつくらないようにしているようだ。それも、こころの隙間から不安が入り込み、居座ってしまうのを防ぐためではないか。こうめいさんはそう考えた。

iPadに書いた「退院したらやりたいことリスト」

10月28日のことだ。病院でこうめいさんがみどりさんと会話していると、みどりさんがふいに、「私ってそんなに悪いの?」と聞いてきた。

こうめいさんが、「診断としては、ステージ4だからね」と言うと、みどりさんは「私、ステージ4なの?」と驚いた様子だった。そして、「悲しい。でもがんばらないと」と言葉を続けた。

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ステージ4のスキルス胃がんであることは、横浜市の病院で最初に告知を受けたときにも、慶應義塾大学病院に移って翌朝の浜本康夫医師との面談のときにも、説明を受けていたはずだった。けれど、みどりさんはこの日まで、そのことを認識していなかったようだった。

みどりさんは、院内でiPadを使っていたが、病気についてはあまり、調べていなかった。

医療について詳しい叔母たかこさんから、「ネットの情報は玉石混交だから、あまり信じないほうがいいよ」と言われていた。その助言に従っていた面もあっただろうが、こうめいさんは以前、みどりさんが「全部知ると不安になるから」と話すのも聞いていた。

医師からの説明を受ける際も、無意識に情報を遮断し、不安を避けようとしているのかもしれない。だとしたら、本人の理解を促すことは本当に正しいことなのだろうか。こうめいさんは迷っていた。

やはり不安を打ち消したかったのか、みどりさんはこの日、iPadに書き込みをしている。タイトルは「退院したらやりたいことリスト」。

やりたいことは、全部で13項目あった。この段階で、こうめいさんはリストの中身を見ておらず、何が書かれているかは知らない。

次回記事:32歳がんで逝った母が娘に残したノートの正体

田村 建二 朝日新聞記者

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たむら けんじ / Kenji Tamura

1967年、神奈川県川崎市生まれ。1993年、朝日新聞社入社。福井支局、京都支局(いずれも現総局)を経て、東京科学部に所属。その後、名古屋社会部、大阪および東京の科学医療部、医療サイト「アピタル」編集長などを経て、2022年4月から東京くらし報道部に在籍。編集局編集委員。生殖医療、いわゆる生活習慣病、がん、遺伝子診療などの分野を担当し、新型コロナウイルス感染症の取材にも関わる。
Twitter @tamurak4

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