ほぼ同じころ、みどりさんの右側の肩の下、胸の上あたりに、「CVポート」という器具を埋め込む手術が行われた。ここに、点滴用の針をさし込んで、抗がん剤などの薬を注入するようにする。こうすることで、腕の血管に繰り返し針をさすよりも、安定して薬を入れることが可能になる。
こうめいさんの目には、みどりさんが治療に前向きなのは、不安に陥りたくない気持ちの裏返しなのではないか、と映った。
ひまがあると、抗がん剤治療の手引を読んだり、折り紙を折ったりして、一人で考え込む時間をつくらないようにしているようだ。それも、こころの隙間から不安が入り込み、居座ってしまうのを防ぐためではないか。こうめいさんはそう考えた。
iPadに書いた「退院したらやりたいことリスト」
10月28日のことだ。病院でこうめいさんがみどりさんと会話していると、みどりさんがふいに、「私ってそんなに悪いの?」と聞いてきた。
こうめいさんが、「診断としては、ステージ4だからね」と言うと、みどりさんは「私、ステージ4なの?」と驚いた様子だった。そして、「悲しい。でもがんばらないと」と言葉を続けた。
ステージ4のスキルス胃がんであることは、横浜市の病院で最初に告知を受けたときにも、慶應義塾大学病院に移って翌朝の浜本康夫医師との面談のときにも、説明を受けていたはずだった。けれど、みどりさんはこの日まで、そのことを認識していなかったようだった。
みどりさんは、院内でiPadを使っていたが、病気についてはあまり、調べていなかった。
医療について詳しい叔母たかこさんから、「ネットの情報は玉石混交だから、あまり信じないほうがいいよ」と言われていた。その助言に従っていた面もあっただろうが、こうめいさんは以前、みどりさんが「全部知ると不安になるから」と話すのも聞いていた。
医師からの説明を受ける際も、無意識に情報を遮断し、不安を避けようとしているのかもしれない。だとしたら、本人の理解を促すことは本当に正しいことなのだろうか。こうめいさんは迷っていた。
やはり不安を打ち消したかったのか、みどりさんはこの日、iPadに書き込みをしている。タイトルは「退院したらやりたいことリスト」。
やりたいことは、全部で13項目あった。この段階で、こうめいさんはリストの中身を見ておらず、何が書かれているかは知らない。
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