数あるスーパーで「ライフ」が勝ち残った納得理由 追いかけるオーケー「二刀流宣言」で変わる勢力図

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食品スーパーの「ライフ」が勝ち残った経緯とは(撮影:今井康一)

食品スーパー最大手であるライフコーポレーション(以下、ライフ)の創業者、清水信次名誉会長が96歳で亡くなった。清水氏は、ダイエーの中内功氏、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏、イオンの岡田卓也氏らと並び、スーパーマーケット創成期からの経営者として知られる業界の巨人であり、ライフを一代でトップ企業へと育てた人物だ。

第一世代のスーパーの中からは、セブン&アイ、イオンという2大流通グループが生まれた。反面、ダイエーを始めとする2大流通になれなかった多くの企業が再編の波に飲み込まれていった。第一世代の初期の成功者たちの戦略は、総合スーパー(GMS)を広域に多店舗展開して規模を拡大する、という手法が一般的だった。

だが、前世紀には一世を風靡した総合スーパーは、今では勝者セブン&アイやイオンでもグループ内の「お荷物」的な業態となってしまっている。大都市部特化の食品スーパーであることを選んだライフこそ、第一世代スーパーとして最後の勝者、ともいえるかもしれない。そんなライフの成功要因を見てみよう。

品揃えをあえて絞ったライフが勝ち残った経緯

大阪発祥であるライフは関西地区で店舗網を広げ、その後は東京に進出して首都圏にも店舗網を築いた。GMSのような総合化を目指さず、食品+生活必需衣料、雑貨に品揃えを限定。2500㎡(GMSの5000~1万㎡よりはかなり軽量級)くらいの中型店舗を二大都市圏に集中的に出店するという地道な戦略をとった。この①生活必需品ワンストップ、②二大都市圏集中、という選択肢が、ライフの勝ち残りに貢献する。

90年代から2000年代初頭にかけて、地方がモータリゼーションの進展と女性ドライバーの増加によってクルマ社会化すると、地方の中心市街地、駅前が空洞化し、そこに出店していた総合スーパーが軒並み不採算店舗となってしまった。

これにより、GMSの広域展開先行組だったダイエーや西友などは不採算店を抱え、2000年代初頭に来た小売り大再編期を乗り切れなくなる遠因となった。ところが、稠密(ちゅうみつ)な公共交通が整った二大都市圏に地盤を築いていたライフは、こうした逆風にさらされなかった。

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