Netflix広告付き新プランで「日本のTV壊滅」の訳 「終わりの始まり」を「変わりの始まり」にできるか

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ここで視点を切り替えてみましょう。2つの広告市場を足し合わせると市場はどうなっているのでしょうか。10年前、2011年のテレビとネット広告の合計市場規模は、総務省の情報通信白書によれば約2.7兆円でした。それが2021年には約4.5兆円。つまり10年間で広告市場は約1.7倍と急速に拡大しているのです。

そして考えてみれば、パナソニックはテレビの買い替えを考え始めている人にCMを配信したいし、サントリーはお酒を飲む人にCMを配信したいわけです。だとしたら近い将来、動画配信でターゲティング広告を配信できるようになった場合、そこが日本でいちばん大きな広告メディアの市場になるはずです。

ここで最初の話に戻るのですが、この理由からネットフリックスの広告付きプランは日本のテレビ業界の「終わりの始まり」を予感させたわけです。ただ、その予測にはただし書きがあります。

やり方次第では、この「終わりの始まり」は「変わりの始まり」へと変えていくことも可能なのです。

ネットフリックスへの地上波各局の対抗策

そもそもネットフリックスによって広告配信が始まってしまったのは、厳しい言い方をすれば日本政府の失策です。GAFAやネットフリックスのように、監督官庁が権力をふるえない黒船に市場が揺さぶられた後では遅いのです。そうなる前にNHKや民放各局と総務省が番組配信の新しいルールを作って業界がそれに合意していれば、余裕をもって黒船を迎え撃つことができたでしょうし、立案する法律次第でネットフリックスを総務省の監督下に置くことさえできたのではないでしょうか。

ネットフリックスという黒船がやってきたことで、この先、テレビの放送と配信の境界線はあいまいになり、許認可の下でやってきたテレビ界の広告ビジネスもネット広告との境界線があいまいなものへと変貌していきます。簡単にいえば、FAANGのルールが日本にも強制されそうです。

その意味では、地上波各局もネットフリックスの新ルールに乗るというのが1つの対抗策になるかもしれません。放送が終了した番組コンテンツを武器に有料動画配信サービスを後追いで立ち上げるよりも、放送終了した番組コンテンツは無料の広告配信プランで見られるようにする。そのうえで、その広告配信はターゲティング広告にしていけば地上波テレビが最強のメディアに復位する未来さえ考えられるはずです。

いずれにしてもネットフリックスの広告付きプランは始まってしまいました。「羊の皮をかぶった狼」は日本市場に放たれてしまったのです。日本の放送業界がどう変われるのか、いよいよ待ったなしの状況になってきました。

鈴木 貴博 経済評論家、百年コンサルティング代表

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すずき たかひろ / Takahiro Suzuki

東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。著書に日本経済予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。

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