しかし、肝心要の資金調達は、あと一歩の所で形にならない状態が続いた。夏には、専任メンバーのひとりが、妻の妊娠によりボランティアに戻ってしまった。残った2人に起死回生のアイデアがあるわけでもなく、何の手ごたえもないまま時間ばかりが過ぎてゆく。
収入ゼロで10万円、20万円と通帳から預金が消えていく日々。貯金の残高とプロジェクトの実現可能性を冷静に計算した袴田は、ある日、決断を下した。「(2013年)9月までに希望が見えなければ、ハクトを離脱しよう」。誰よりもこのプロジェクトに時間を割いてきたリーダーの離脱はイコール、ハクトの解散を意味していた。
ハクトの運命を変えた公開実験
迎えた8月。デットラインまであと1カ月の時点で、突如、状況が変わった。GLXPの主催者側から中間賞の創設が発表されたのだ。吉田教授の存在もあり、袴田はローバーの性能には絶対の自信を持っていた。
中間賞の応募の締め切りは10月で、ファイナリストにノミネートされたかどうか、結果がわかるのは2014年1月。ファイナリストに残り、翌年に発表される中間賞を受賞できれば50万ドルが手に入る。袴田は「もう少しだけ続けよう」と気持ちを切り替えた。
中間賞の創設にチームも沸き立ち、資金調達に向けて再び動き始めた。同年9月、静岡県中田島砂丘でメディア向けの公開実験を実施。多くのメディアに取り上げられたこの公開実験が、ハクトの運命を変える。
実験からしばらく経った年の瀬のある日、ハクトの問い合わせ用のアドレスに、1通のメールが届いた。あるエンジェル投資家からのもので、テレビでハクトの活動を知り、興味を持ったという内容だった。
袴田はすぐに連絡を取り、面会した。その投資家はテレビを見て、「若者が未来を作るために頑張っている。これはサポートしなきゃいけない」と思ったという。
そこで袴田は、プロジェクトの現状をありのままに伝えた。資金難で困っていること。ローバーの性能はトップレベルだということ。世界で初めて民間で月面無人探査を実現することの意義と、宇宙への思い。
話を静かに聞いていたその投資家は、袴田に申し出た。
「袴田さんが人類の発展に貢献するため、宇宙開発の事業をしていきたいという思いがよくわかりました。その実現のために、ハクトのプロジェクトを物心両面からサポートさせてください」
しかしこの時、袴田は即答できなかった。
「当時、お金が続かなくてハクトをやめるかどうかの瀬戸際だったので、精神的に疲れていたし、すごく苦しかった。だから、ここでさらにハクトの活動を終えたあとも、大きなコミットするのは正直つらいと思ったんです」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら