千夜、一夜が描く失踪した夫を待つ妻の複雑な心 地方で生きる中年独身男性の姿も描いている

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もしかすると確固たる理由があれば、蒸発した人も、待たれている立場も、つらくない場合も多いのではないでしょうか。一方、理由もなく「消えてしまいたい」という思いで蒸発してしまった人は、「もう後戻りできない」という意味でつらいでしょう。

そして、残された家族、つまり、待っている人は理由がわからないので、どのみちつらいのではないかと。

久保田監督(写真:筆者撮影)

――登美子は待ち続けることで希望を持ち続けているようにも思えました。

確かに、夫の諭がどこかで生きていることがわかったり、もしくは亡くなってしまっていたことがわかったら、「自分の元には戻らない」ことは決定的になるので、登美子は自分が自分ではいられなかったかもしれません。

でも、それも1つの解釈なんです。登美子はもう諭が戻らないことはわかっていて、1人で生きていくことは決意しているのかもしれない。待ってはいないけれど「自分のパートナーは生涯で諭だけ」と決めているので、待っているフリをしているのかもしれません。

春男の立場からは「登美子が待っている」ということにしたほうが、チャンスがあるように感じるでしょう。「諭さんが帰ってきたら俺なんて捨てていいから、それまでの間だけでも面倒を見させてくれよ」というセリフがありますが、春男としては「面倒を見させてもらう」という理由でなし崩し的に一緒になれば、そのうち情が湧いてくるだろうという期待があると思います。

誰の立場でどう見るかで変わる

「帰って来ないとわかっていて1人でいる」状態より「いつか夫が戻ってくると思って待っている」状態のほうが、心の隙ができやすいので、そういう展開になるかもしれない。

この映画は誰の立場で見るかによって、自分がどういう状態によって見るのかによってもまったく異なる解釈が成り立つのではないでしょうか。

果たして、諭は登美子の元へ戻るのか、また、登美子と春男は結ばれるのか――。この映画の続きは誰にもわからない。ぜひ映画を見て、その余白を楽しんでほしいですね。

熊野 雅恵 ライター、行政書士

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くまの まさえ / Masae Kumano

ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員、阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍の企画・製作にも関わる。

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