スティーブ・ジョブズにとって死は通過点だった アップル製品に漂う「大人っぽさ」と「人間の本性」

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いや、その遥か以前から、彼の人生は加速しつつあった。スティーブ・ウォズニアックと2人でアップル・コンピュータを立ち上げたのが1976年、そのきっかけとなったアップルⅠはむき出しのワンボード・マイコンにすぎなかった。それからiPadまでの35年間を、ジョブズはほとんど1人で駆け抜けた。

とくにアップルに復帰してからの10年余りは、本人も会社もすさまじい勢いで前に進みつづける。この間に、ジョブズとアップルが生み出した主な製品は、1998年のiMac、2001年のiPod、2007年のiPhoneと、どれも大きなイノベーションをもたらす画期的なマシンばかりだ。こうして生み出された強度とスピードが、彼の死のあとも後任者に引き継がれて維持されているように見える。

晩年のジョブズが、何度も京都を訪れていたことはよく知られている。気に入った寺には繰り返し足を運んで、見事な苔庭は枯山水に感心していたという。若いころからジョブズの嗜好は東洋、とくに日本と相性が良かった。禅に傾倒したこともその1つで、乙川弘文という禅僧を生涯の師と仰いだりしている。亡くなる直前まで福井の永平寺に行きたがっていたというし、アップルを立ち上げたばかりのころは、「会社がうまくいかなかったら、日本へ行って坊さんになる」などと言っていたらしい。

日本の浮世絵に通じる大人っぽさ

川瀬巴水をはじめとする浮世絵のコレクターでもあった。このあたりの好みは、アップルのデザインとも無関係ではないかもしれない。スマートフォンにしても、パソコンやタブレットにしても、アップル製品の際立った特徴は、見て、触って、操作したときに感じられるそこはかとない大人っぽさである。これは他社の製品と比べたときの、決定的な違いではないだろうか。

暴論を承知で言わせてもらえば、アップル製品に漂う大人っぽさは、日本の浮世絵に通じる気がする。iPhoneを浮世絵とすれば、他のアンドロイド端末は印象派の作品のような感じがする。良し悪しを言っているのではない。優劣とも少し違う。どう言えばいいだろう?

つまるところ印象派は、精神的にはアマチュアの若者たちの芸術だと思う。描くべきものではなく、描きたいものを描く。これにたいして浮世絵では、絵師の背後に版元が控えていて、版元は消費者のニーズに沿って売れそうなものを絵師に描かせようとする。だから浮世絵には大人のプロの仕事というたたずまいがある。この違いは大きい。

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