脇毛も歌にする「万葉集」学校で教えぬ狂気的魅力 「令和」の出典元となった歌集の中身が面白すぎる

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さて万葉集のなかでも、いちばん授業で習う和歌といえば、これじゃないだろうか。

「茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」

漫画『ちはやふる』に登場して知った方も多いかもしれない。歌の作者は額田王。時代で言えば飛鳥時代の、天智天皇の妃である。この歌は、こんなやりとりのなかで詠まれていた。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(巻1・20・額田王)
(訳:あなたが野原の『入ってはだめ』と禁止された場所を通りながら、あなたが私に袖を振るところを、野の見張り番が見てしまうわ)
紫の匂へる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも(巻1・21・大海人皇子)
(訳:紫草のように美しいあなたを、拒むことなんてできません……人妻のあなたを好きになってしまいましたよ)

この時代の袖を振る行為はすなわち、恋心を相手に示すということ。「好きです!」と言うようなものだ。

額田王には、天智天皇という夫がいる。しかし構わず額田王は、大海人皇子に「あなたが私に手を振るところを、見られてしまいますわ」と歌で呼びかける。対して、大海人皇子は大胆にも「人妻だからって拒むと思いますか。いや、俺はあなたが好きなんですよ」と返答する。

いうまでもなく大海人皇子は、天智天皇の弟だ。昼ドラも真っ青、額田王をめぐるドロドロの三角関係の和歌!……と、古典の授業では教えられる。高校時代の私は、天皇と皇子の三角関係なんて、そんな恋愛の泥沼が万葉集には収録されているのか、と驚いていた。ちなみに漫画『ちはやふる』にも上のような解釈が紹介されている。

しかし、この美しい三角関係の解釈は、大いなる誤解なのである。

真剣なラブレターのなかで詠まれたわけではない

実際に和歌が詠まれた状況を考えてみよう。まず、当時の額田王は、だいたい39歳。奈良時代でいえば、かなり年齢を重ねた女性、という印象。高校時代の私が妄想していたような、「若い2人の不倫劇」のような年齢ではないのである。

さらに万葉集のなかでも、この和歌は「雑歌」という部立(章)に収録されている。万葉集にはいろいろな章があり、恋愛の和歌は「相聞」(ラブレターのこと)の章に入る。ちなみに今回の「雑歌」とは、天皇や式典の歌など、公式の場で詠まれた和歌のこと。

当時、万葉集の編集者が、「不倫の歌」と解釈していれば「相聞」に入るはずだった。だが実際は「雑歌=公の歌」と分類されているのだ。さらに、この歌の前には、「天皇が遊猟しにいらした時に詠んだ歌」とわざわざ書かれている。狩りで遊んだときに詠んだ歌。つまり、真剣な秘密のラブレターのなかで詠まれたわけじゃない。

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