「高学歴=幸せ」信じ、子育てする親がズレてる訳 個性や特性を無視して理想を押しつけるのが問題だ

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赤ちゃんに英才教育を施す?
文部科学省と教育委員会はいまだ昭和を生きている(写真:hirost/PIXTA)

2021年夏、ネット上で、ある記事を見た私は、わが目を疑いました。「『小1プロブレム(小学1年生の学習態度や能力のバラツキが大きいこと)』を解消すべく、文科省が就学前の5歳児に対する教育プログラムを検討している」というのです。

「まだ文科省は昭和の価値観から抜け出せていないのか……」と、時代に逆行する政策に絶望を感じずにはいられませんでした。

いま日本の学校教育に求められている喫緊の課題は、「子どもはこうあるべき」という画一的な指導ではなく、子どもたち一人ひとりの個性や特性に合った学びを提供すること。

そもそも子どもの学習態度や能力にバラツキがあるのは当然で、ましてや7歳児となればなおさらのことです。それが「個性」であり、「多様性のある社会」とは多様な個性が尊重される社会のことを言うのです。しかし、日本の教育現場の辞書には昔から「個性」という言葉がずっと存在しないままでした。そのために、平均的ではない子どもたちはみな「プロブレム(問題)」扱いされてしまいます。

拙著『2040 教育のミライ』でも詳しく解説していますが、ここで声を大にして伝えたいのは、本来、子どもたちに「問題」などないのだ、ということです。「問題」なのはむしろ、予定調和の教育しか提供できない教育システムと、自分の理想を子どもに押しつける親のほうなのです。

幸せになるためにIQより大切なもの

私は子どものいる・いないを問わず「教育」に興味のある人たちと、子どもの教育、ボランティア教育活動、海外の教育事業動向など、さまざまな話題で意見を交換することがあります。特に中学受験をテーマにする際、必ず問いかける質問があります。「皆さんの考える教育の『目的』は何ですか?」と。

すると「自立した大人になるよう支援すること」「子どもがやりたいことを見つける環境を整えること」という答えが大多数を占めます。また、ストレートに「偏差値の高い大学に入ってもらうこと」と口に出す人こそいないものの、もはや暗黙の了解になっているのだな、と感じます。

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