清との交渉を終えて、ようやく内政に集中できるようになった大久保。課題は山積するなかで、優先して取り組むべきことの1つとして挙げたのが、「海運業の発展」だ。もう台湾出兵と同じ失敗はしたくなかった。
明治8(1875)年5月、大久保は「商船管掌事務之儀ニ付伺」を打ち出して、海運業の今後について3つの案を提示している。
「第1案 民間資本だけに海運業を担わせる」
「第2案 国が民間資本に助成金を出して海運業を運営する」
「第3案 海運業を国営化する」
仮にそれぞれの案を採用した場合、政府がなすべきことは何か。大久保は1つひとつ列挙していく。そして、第1案の海運業の完全民営化は「民間会社をルールに従わせるのが困難」として却下。第3案の完全に国有化することも「政府の事業は、無駄な費用が発生しやすい」として、やはり退けている。
岩崎弥太郎を政策の担い手に推薦
大久保が推すのは、第2案の「保護助成策」だ。国が民間をサポートして海運業を発展させていくべきだと、持論を展開している。1つひとつの可能性を丁寧に吟味しながら、自分の方向性を打ち出すのが大久保らしい。
7月10日、大久保の要望どおりに第2案が採択される。太政大臣の三条実美から、具体的な方策を聞かれると、29日には「商船管掌実地着手方法之儀ニ付伺」を提出するという用意周到ぶり。大久保は、台湾出征で政府のために汗をかいてくれた岩崎弥太郎を、政策の担い手に推薦している。
時流を読み違えた日本国郵便蒸気船会社が解散へと向かうなか、三菱は政府の結びつきを強化。海運界のトップへと発展を遂げていくことになる。
台湾出兵時にあらわになった日本の重大な問題点に対して、大久保はすぐに対処し、落ち着いてから今後のビジョンを打ち出した。まさにトップリーダーにふさわしい仕事ぶりだといえよう。
とはいえ、これはまだ序の口である。あらゆる面での日本の大改革が、大久保の手によって、いよいよ進められようとしていた。
(第49回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
大江志乃夫「大久保政権下の殖産興業政策成立の政治過程」(田村貞雄編『形成期の明治国家』吉川弘文館)
入交好脩『岩崎弥太郎』(吉川弘文館)
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