専制権力で繁栄と力と栄光へ導かれたロシア国民 19世紀からロシアはまったく変わっていない

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エカテリンブルクにある血の聖堂(写真:DarkSide/PIXTA)
2022年2月にはじまったウクライナ侵攻から半年が経った。
隣国にもかかわらず、日本人にとって理解しがたいロシア。2019年までロシア外交の最前線にいた元外交官である亀山陽司氏は、「19世紀のニコライ1世の時代は、現在のロシアにもあてはまる点が多くある。つまり、現代のロシア、更に言えばロシアという国そのものを考える上でも、ニコライ1世の時代は1つの原型となるものだ」と語る。
(本稿は、亀山氏著『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』の一部を抜粋・再編集したものです)

ロシアにおいては独特なイデオロギーの結合が見られる。専制主義とナショナリズムの結合である。ヨーロッパ諸国においては19世紀にリベラリズムやナショナリズムが結びつき、自由主義的な改革の動きが広がった。

もちろん、それに対する反動的な動きも見られたが、全体として、ナショナリズムは民族自決や民主主義といった思想と結びつく傾向があったと言えるだろう。そのため、神聖同盟という国際統治においては、こうしたフランス革命の影響を受けた自由主義的な改革の動きを封じ込めることが大きな目的とされた。

ロシアもニコライ1世(在位1825-55年)に見られるように、保守的な政治姿勢をとっていた。ロシア的なイデオロギーの結合を考える上で特に重要だと考えられるのが、このニコライ1世の治世である。

ニコライ1世時代の治世と酷似する現代ロシア

ニコライ1世はナポレオン戦争で華々しくヨーロッパ国際政治に登場したアレクサンドル1世の弟である。自由主義的革命運動を抑圧して「ヨーロッパの憲兵」と恐れられたニコライ1世は、保守反動の専制君主として知られている。

反政府的な思想を取り締まるため検閲に関する法律を発布させ、皇帝直属の秘密警察である「官房第3部」という組織を創設して、思想を取り締まった。しかし、それも無理はない。ニコライ一世が1825年に兄の死を受けて皇帝に即位するに際して、青年貴族たちが自由主義的な政治改革を要求して反乱を起こしているのである。

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