「天才」には才能だけでも努力だけでもなれない訳 1万時間の練習で大成しても結果であり原因でない

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超一流に関する研究領域の始祖である心理学者のアンダース・エリクソンによると、努力すれば天才になれるという。『サイコロジカル・レビュー』誌に掲載された1993年の論文に始まり、共著の書『超一流になるのは才能か努力か?』(2016)でもエリクソンは、人の優れた業績は遺伝的な恩恵によるものではなく、単に自己を律したたゆまぬ努力の結果であり、1万時間もの集中した練習の成果以外の何ものでもない、と結論づけている。

エリクソンがこの理論の裏づけに用いた証拠は、西ベルリンのミュージックアカデミーに通うバイオリニストおよびピアニストの上達を追跡した、エリクソンをはじめとする心理学者の研究データだ。年齢がほぼ同じで、技術レベルが異なる生徒(中学校の音楽教師から将来の国際的スターまで)について、練習時間と練習の質を関連づけている。その結果、「人は、関連する活動(計画的な練習)を通じて、一流のパフォーマーとしての明確な特徴を、事実上すべて獲得することがわかった」としている。

1万時間の法則は魅力的だし、ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマン(『ファスト&スロー』)やデイヴィッド・ブルックス(『Genius: The Modern View(天才:その現代的な見方)』のほか、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル(『天才! 成功する人々の法則』のなかの「天才の問題点」の章)など、一流の人々を含め多くの人が「練習」のマントラに飛びつく。だが、そこには問題が1つ――実際には2つある。

練習が天才をつくるわけではない

まず、ベルリンの研究で心理学者たちは、生徒のもともとの音楽的能力を計測できていない。彼らは同一条件の人を比較したのではなく、普通に才能のある人と、真に優れた才能に恵まれた人を比べたのだ。

生まれつき能力がずば抜けていれば、練習もたやすく楽しいし、もっともっとと練習したくなる。親や周りの人間も、彼らがいともたやすくできるようになることに感動してくれるし、褒めてもくれて、それによってポジティブな連鎖がますます強くなる。エリクソンたちは原因と結果を混同したのだ。練習は結果であり、最初のきっかけは天性の優れた才能である。

もう一つ、さらに重要なのが、超一流のパフォーマンスという定義には、「per-formすること」――他人がすでにつくり上げたもの(ラテン語のforma)をやり遂げること(ラテン語のper)という意味がある。

おそろしく長い数字の平方根を求める数学の達人や、ラスベガスのカジノのカードディーラー、エベレスト登頂時間の世界記録を狙うアスリート、あるいはフレデリック・ショパンの『子犬のワルツ』[英語では『Minute Waltz(1分間のワルツ)』]を57秒で弾こうとするコンサートピアニストであれば、超一流のパフォーマンスが有益かもしれない。

しかし、そのゲームやスポーツ競技、楽曲を考案したのは他人なのだ。天才は何か新しいことや革新的なこと――ロープウェーやヘリコプターなど――を発明して頂点に立つものだ。練習はすでにあるものを完璧にはするが、イノベーションを創出はしない。

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