滋賀・呼吸器事件「冤罪」暴いた記者が問う"歪み" 7回の有罪判決も調査報道が明らかにした真実

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秦氏をリーダーとする取材班は、新証拠を求めて調査報道に着手した。7回の判決はいずれも、自白の任意性と信用性を認めている。再審開始を勝ち取るには、そのポイントを突き崩すしかない。

取材班は、美香さんの幼少時や日常の言動、さらには本人が法廷で「刑事を好きになって(虚偽の)自白をした」と述べていることなどに着目し、美香さんには「発達障害」があることを明らかにしようとした。

「発達障害」の証明で行き詰まった取材

最初に大きな手がかりをくれたのは、美香さんの出身中学校の恩師たちだった。恩師らは「今なら(美香さんは)発達障害だと考える」と明言し、取材は進んでいく。

ただし、美香さんの発達障害を証明することは簡単ではなかった。美香さんの言動や行動履歴の資料を見た専門家からは「きちんと鑑定すれば、確実に発達の偏りが結果として出てくる」という指摘がいくつも出る一方で、「発達障害だけならウソはつかない。衝動的に殺してしまった可能性がある」との見解を示す専門家もいた。

「そこで取材は行き詰まりました。専門家のコメントは重要です。自分たちに都合のいいところだけを拝借して原稿にするようでは、ウソの供述で事件をでっち上げた警察と検事と変わりません」

もっとも、そうした専門家に用意した情報は、美香さんの成育・行動履歴のみ。虚偽自白と障害の関係についての見解を引き出すには、前提情報が不足していた。しかし、膨大な裁判資料を取材班と同じように読み込んでくれる専門家を探し出そうにも、すぐにあては見つからない。ピンチを救ったのは、絆と偶然だった。

「途方に暮れていたとき、私たちを救ってくれたのが新聞記者から精神科医に転身していた小出将則君でした。1984年に私と一緒に中日新聞に入社した同期です。7年後に退社し、信州大学医学部に進学。精神科の医師になっていました。実は、小出医師は発達障害の専門家であり、彼こそが美香さんの件で鑑定者として妥当な立場にいたのです」

小出医師は、手紙のやりとりや刑務所内での面会を通じて美香さんと接触を重ね、「発達障害のほかに軽度知的障害と愛着障害の可能性がある」と指摘。新証拠となる鑑定への道を切り開いていく。

次ページ「裁判官はまともに証拠を読もうとしなかった」
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