滋賀・呼吸器事件「冤罪」暴いた記者が問う"歪み" 7回の有罪判決も調査報道が明らかにした真実
取材班を率いた秦氏は一連の取材を通じ、日本の社会と報道に潜むいくつかの重要な問題と向き合った。1つは発達障害をめぐる社会のありようだ。
「発達障害の知識を共有できない社会が、どんな結果をもたらし、どんなふうに個人を苦しめているのか。その負の側面を示す好例でした。そうした人たちはいわば、本人も障害に気づかず、周囲にも気づかれにくい“グレーゾーン”と呼ばれる層にいます。そこに社会はきちんと向き合えていなかったわけです。
彼らが事件の被疑者として取り調べを受ける立場になってしまうと、迎合的になったり、虚偽を口にしたりしかねません。私たちはそれを“供述弱者”と名付けました。真実を自分の言葉でうまく伝えられない供述弱者は間違いなく存在する。
しかも密室で自白を強要する捜査は今も改まっていないため、障害のある人たちはひとたまりもありません。また、障害がなくても現在の捜査手法のもとでは、誰もが密室の中で供述弱者にされてしまうのです」
冤罪事件にマスコミが加担したことも否定できない
どうして冤罪事件が生まれるのか。
「冤罪事件は捜査機関がつくり出し、裁判所が認めてしまうことによる悲劇です。組織が冤罪をつくる。事件の見立てを組織で決めたら、絶対に曲げようとしない捜査手法や、高圧的な取り調べ。それが発端です。呼吸器事件に顕著なように、組織が誤った方向に進んでいても組織内にブレーキをかける人はいないし、制度もありません。
冤罪事件にマスコミが加担してきたことも否定できません。私たち報道機関も記事にするときは必ず『当局』の見解を得なければならなかった。捜査権限のない記者が真実に迫る場合は、捜査機関を情報源としてそこに食い込むしかなかったからです。
しかし、それに甘んじてしまい、事件を検証するシステムを日本の報道機関は作ることができなかった。判決が出たら、それまでだった。単に警察から聞いた話をそのまま報道する。ただ判決が出た内容をそのまま報道する。疑問を持たず、何も考えず報道した結果が、呼吸器事件のような冤罪の悲劇でした」
秦氏は2021年12月に中日新聞社を退社し、現在はフリージャーナリストとして活動を始めている。今後も冤罪をテーマに取材を続けるという。
「昔と比べて、今はツールが高度化し、情報は入手しやすくなっています。マスコミの衰退も目立ち、産業としての先行きも危ぶまれています。そんななかで、組織の壁を超えて共同で取材する枠組みがあったら、埋もれた事実を明らかにできる事柄がたくさんあるはずです。そして新たな報道機関も生まれるのではないかと期待しています」
取材:板垣聡旨/高田昌幸=いずれもフロントラインプレス(Frontline Press)所属
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