一方の日本はどうか。経営者などは「事実上首を切れないから、新陳代謝が進まない。だから、生産性も上がりにくいし、労働市場のダイナミズムも働かない」という。
それはウソだ。例えば、社長が欧米人に替わった日本の製薬会社は管理職の「大幅リストラ」を行った。そもそも日本の外資系企業がリストラできるのに、日系ができないなどという理屈はない。同じ日本の法律の下にあり、裁判所に服しているではないか。
唯一の理由は、日本の経営者の怠慢だ。社員に首と言えない、嫌われたくない、恨まれたくない。円満に社長ポストの任期を満了したい。
これは経営放棄の怠慢だ。欧米企業などは、組織をつねに活性化するためにも首切りを実施し、そのためにとてつもない努力をしている。これに比べれば、日本の多くの企業は経営陣の努力不足が甚だしい。「事なかれ主義」の最たるものだ。
また、日本では「労働生産性が上がり、企業の生産性が上がり、儲かるようにならないと、経営者は給料を上げたくても上げられない」と言う。とくに今は「『物価が上がったからその分賃金を上げろ』と言われても、むしろコスト高で利益が減っているから給与を下げたいぐらいだ」などと嘆く。
「戦わない経営」が諸悪の根源
これも間違いだ。
経営者は、例えばガソリンの価格が上がったら、ガソリンに文句を言うか。ガソリン価格引き下げの交渉をするか。しない。しかし、ボーナスなども含め、立場の弱い労働者の賃金を下げる。つまり、強いものにはひれ伏し、弱いものから搾取する。それだけのことだ。
それなのに、「価格転嫁ができない」などとこぼす。つまり、できないのではない。しないのだ。だから「しろ」、ということである。それが経営者の役割であり、経営そのものだ。もし下請けいじめで、独占禁止法上の違法行為などがあるのならば、泣き寝入りをせずに戦えばよい。そして、それを政府は全力でサポートすればいいのである。
しかし、多くの人が知っているように、日本の企業が価格転嫁できない主な理由は、下請けいじめなどではなく、「消費者様」に頭が上がらないからである。値上げして、消費者に逃げられるのが怖いからである。だから、コストカットをして、「恐い消費者様」と対峙することから逃げるのである。
逃げるな。戦え。それこそが経営だ。消費者にどうやって、もっと払わせるか。その努力をしない限り、企業は儲かるようにならないし、物価も上がらない。
つまり、物価も、賃金も、企業の生産性も、要は、日本人が意気地なしで、強いものと戦わず、工夫もせず、摩擦を避けて、逃げて、弱いところにひずみを生じさせている、という問題に尽きるのである。これが、日本経済、いや日本社会の唯一最大の問題であり、これを解決すれば、ほとんどの問題は解決するのである(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が競馬論を展開したり、週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。
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