33歳がんで逝った男が投じた闘病記への重い一石 2013年に消失した痕跡が2021年に復活した理由

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<「死んで忘れられていく人間はたくさんいる。でも、俺っていう人間が生きていたって事を忘れられたくないんだ。だから俺は本を書いて残すんだ。忘れられないように」>
(サイボーグ母として/奥山章子/『33歳ガン漂流ラスト・イグジット』)
『ガン漂流』シリーズ。後年にポプラ社により文庫化された

奥山さんの望みに沿うように『ガン漂流』シリーズはその後も版を重ね、2009年から10年にかけてポプラ社で文庫化も果たした。『ヴァニシングポイント』もオーディオブックになるなど、新たな展開をみせた。その後も、著作権を受け継いだ章子さんが本の印税を東日本大震災の復興支援に寄付したのをきっかけに、山形新聞で奥山さんのことが記事になるなどした。

しかし更新のないものはどんどん過去に押しやられていく。本もサイトもそこは変わらない。冒頭で触れたように、TEKNIXは2013年夏頃に別人のサイトに切り替わって消滅した。その際は牧野出版がミラーサイトを作って保存してくれたが、そちらも2016年の暮れにはブログとともに姿を消している。

TEKNIXの跡地に作られた「肺癌になってしまったら」と、牧野出版によるTEKNIXのミラーサイト。2015年頃は同時に存在していた

そこからTEKNIXのドメインを取得して現在の“碑”としてのページを立ち上げたのは奥山さんの小・中学校時代の幼なじみであり、現在はシステムエンジニアとして活躍しているIさんだ。

高校以降は離ればなれとなり、連絡を取らなくなって久しい。奥山さんのその後を知ったのは没後のことだったという。TEKNIXにアクセスすれば社会に出た後の奥山さんのことが知れた。更新はなくとも、かつての親友をしのぶかけがえのない場所となったが、ある日急に別人のサイトに切り替わってしまった。

偶然かもしれないが、つなぎ留めたのは奥山さんの力

それから数年後、ふともう一度訪ねてみるとページが空になっていた。

本連載『ネットで故人の声を聴け』が書籍化され、光文社新書より刊行されています。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

「これはチャンスだ。ひとまず自分の管理下に置いて親友の遺産を保護しよう。そう思い、速攻でドメイン取得に走りました」

その日がページに記載されている2021年4月13日だ。現在もIさんが自費でドメインを維持している。遺族からの特別な意向がないかぎりは生涯にわたって管理していくつもりだという。

Iさんが奥山さんの没後にTEKNIXを発見したのも、数年後に有効期限が切れた状態のページを発見したのも偶然かもしれない。けれど、その偶然が起きたときにIさんをつなぎ留めたのは、紛れもなく奥山さんの力だろう。忘れられたくない。そのためにコンテンツを残した。そのコンテンツの力が、読者を集め、本を生み、牧野出版がブログやミラーサイトを作るモチベーションを呼び、Iさんと再会させたのではないか。

ほかに例を見ない展開を披露してみせたTEKNIXは、まさしくオルタナティヴな闘病サイトだといえるだろう。

古田 雄介 フリーランスライター

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ふるた ゆうすけ / Yusuke Furuta

1977年生まれ。元葬儀業のライターで、キャリアは15年。デジタル遺品や死後のインターネットコンテンツの行方などを追っている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『中の人』(KADOKAWA)など。

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