33歳がんで逝った男が投じた闘病記への重い一石 2013年に消失した痕跡が2021年に復活した理由

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「昔から夏は苦手なので、『もう一生夏は体験できないよ』と言われてもそれほど苦ではない」と突き放してみたり、来年のカレンダーを買ったときに「このカレンダーがオレの人生最後の(以下略)」と自嘲してみたり。その姿勢が闘病を扱うサイトにおいて強い異彩となり、多くの読者を集めた。

とはいえ、毎日更新の日記ですべての動揺を隠すことは難しい。自分以外の出来事に起因する感情ならなおさらだ。『31歳ガン漂流』が刊行される1カ月ほど前、親しくしていた1学年下のデザイナー「山田君」が急死したのを知ったときに率直な本音を残している。

<知り合い、友人、家族、身の回りの人間の中で自分が最初に死ぬものとばかり思っていた。死にゆく人間の行列があるとすれば自分がトップバッターだと思っていたし、その覚悟でいた。なのに、脇からひょいっと抜かされてしまった。自分が最初に死ぬ訳だから、自分が一番可哀想で悲劇的な人間だと思っていた。事実、山田君の死に接するまでは、オレが一番悲劇的な運命にあったと思う。
(略)
昔もどこかで書いたかもしれないけれど、哀れまれたり情けをかけられたりするのが、何よりも苦痛だし屈辱なのだ。
でも、山田君の死によって早死にがポップなものになったとは言わないけれども、少なくともとんでもない異常な出来事ではなく、割と人生という日常の中で起きうるということが実感できたのだ。
たとえて言えば、高い飛び込み台の上でどうしたらいいか分からないくてオロオロしているところに、山田君が突然現れてビシッと飛び込んで見せてくれたという感じだ。
山田君の死によって相当の喪失感と悔恨を味わったのだけれど、それと同時に心の平安をもたらせてくれた。人の死によって安心感を得るなんて、非道い人間だと思うだろう。でも、山田君の死によって正直少しだけ気が楽になったのは事実だ。気分的に落ち着いた。未知の世界に対する恐怖感が少し薄らいだ。少なくとも山田君はそこには居る訳だから。友達が誰もいないということにはならないだろう。>
(2003年9月5日「友人の死から得たもの」/奥山のオルタナティヴ日記/Internet Archive)
2003年9月5日の日記(Internet Archiveより/筆者撮影)

自らの病状や将来にはドライな姿勢でいられても、他者との死別を無感情でやり過ごすのは難しい。そして、奥山さんの病は入院などの機会に同病の人と知り合う機会が多く、図らずも死別の機会を増やす側面がある。

よく知る人の死と、近く訪れる自らの死。ポップな語り口調で更新される日記には以降もそうした心象風景が幾度か描かれることになる。

脳腫瘍と膵臓への転移も見つかる

『31歳ガン漂流』は好評を博し、すぐに次作の計画が持ち上がった。そうして2005年3月に刊行された『32歳ガン漂流エヴォリューション』は、前作本編の収録期日から1年近く空いた2004年4月末の日記から始まる。頭部CTスキャンの結果、脳に転移が見つかったと告白している。

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