前者を主張しているのは、国防省や治安機関の大部分で、一部の政府高官や新興財閥も同様の立場という。後者を主張しているのが、政権のナンバー2であるパトルシェフ安保会議書記と、オリガルヒ(新興財閥)の中でもプーチン氏に一番近いと言われるウスマノフ氏という最側近の2人。大統領への影響力という点では明らかに後者の方が前者を圧倒している。
パトルシェフ氏が戦線拡大を主張する背景には、プーチン大統領の後継レースへの思惑も関係しているといわれる。息子で農業相のドミトリー氏を次期大統領の座に据えたい父親とすれば、侵攻前にすでに多くを支配していたドンバス地方の全面制圧だけでは物足りない。ドンバスから制圧地域を大幅に広げるという軍事的大勝利でプーチン政権を盤石にし、息子への後継の流れを固めたいとの狙いがあるとみられている。
一方で、軍部が早期終結案を支持するのは当然と言える。キーウ(キエフ)に進軍すれば、住民が花束を持って迎え、数日間で首都を制圧できるとのロシア連邦保安局(FSB)の事前説明を信じて2022年2月24日に侵攻したロシア軍は、ウクライナ軍の頑強な抵抗に遭い敗退。FSBとともに軍の権威は一気に崩れた。プーチン氏の友人でもあるショイグ国防相は今のところ地位を保っているものの、制服組トップのゲラシモフ参謀総長は今や公式の場に姿を見せないままで、地位を保っているかどうかも不明だ。
おまけに部隊の士気低下や兵員確保にも苦労しており、ロシア軍は疲弊しきっている。早期に戦勝を宣言して、軍の立て直しを図りたいと望んでいるのだろう。
何をもって勝利とするのか
しかし、そもそも開始から5カ月も経過しているのに「何をもって勝利とするのか」が決まっていない事態は、ロシア国内から批判を招いている。プーチン氏が初当選した2000年の大統領選で選挙戦略を練り「プーチンを造った男」と呼ばれる政治アナリスト、パブロフスキー氏は戦争の目的を明確にしないプーチン氏に非があると指摘する。
侵攻開始時にはウクライナ全体の「非軍事化」と「非ナチ化」を掲げたプーチン氏だが、全土制圧から東部ドンバス地方制圧に作戦を切り替えた際は「ドンバスの住民保護」に大義名分を切り替えた。
パブロフスキー氏は「政府幹部や軍部は今、いったい何の目的で戦っているのか理解できていない。今、私が懸念しているのは、この戦争をどうやって終わらせるのか、出口をどうやって見つけるのかについて、クレムリンから何も聞こえてこないことだ。プーチン氏がクレムリン内部で明確に話せば、漏れて来るはずだが、まだ漏れてこない」と批判する。
「早期終結派」と「戦線拡大派」のいずれの意見を選択するのか。本稿執筆段階でプーチン氏が決断をしたとの確定的情報はない。
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