もともと、プーチン氏は侵攻時、ウクライナ全体の制圧だけでなく、旧ソ連加盟国であるモルドバなどの占領も含め、大規模な長期戦を想定していたと言われる。しかし、こうしたプーチン氏の常軌を逸した願望と、今回脆弱性が露呈した実際のロシア軍の実力との乖離はますます大きくなっている。出口戦略をめぐり軍部から「早期終結論」が出た背景にこの乖離があるのは間違いない。
一方、「戦線拡大論」をめぐっても、プーチン氏には懸念材料がある。南部諸州で占領地域を拡大した場合、大きな政治的成果とはなるが、他方でその占領体制の維持は容易でないからだ。2014年のクリミア併合後にロシア軍が親ロ派「共和国」を樹立し、実効支配したドンバス地方と異なって、南部諸州を新たに制圧しても軍事的に防衛するのは簡単ではない。様々な占領コストもかかる。
南部奪還を目指すウクライナ軍
米欧から高性能兵器を供与され戦力を強化したウクライナ軍は、開始を目指している本格的反攻作戦の最初のターゲットを南部に絞っている。仮に奪還された場合、プーチン氏にとって初めての戦争での「領土喪失」になり、国民からの信頼を失うという大きな政治的打撃となる。つまり、制圧地域を広げることが、逆に政治的リスクも大きくするのだ。
事実、占領地域では最近、ウクライナ人ゲリラによるロシア軍への攻撃や親ロ派幹部へのテロ攻撃も目立って増加している。決断を左右するカギの1つは、このリスクをプーチン氏がどう判断するかだ。
この絡みで2022年7月20日、注目すべき発言がラブロフ外相から飛び出した。クレムリンが政治的メッセージを発信する多くの場合に使うロシア通信とのインタビューの中で、ラブロフ外相は威力を発揮し始めたM142高機動ロケット砲システム「ハイマース」などの高性能兵器を米欧が今後も供与し続ければ、ロシアがドンバス地方だけでなく、ヘルソン、ザポリージャの南部2州など他地域の軍事的な完全制圧も目指すことになると述べたのだ。外相は高性能兵器供与で侵攻の「地政学的な課題は変わった」とも強調した。
しかしこの会見内容から、プーチン氏がパトルシェフ氏らの「戦線拡大論」を選択したと判断できるかどうかは微妙だ。ハイマースなどの供与拡大を食い止めたいロシアが強硬発言で米欧を牽制したに過ぎないとも受け取れるからだ。やはりプーチン氏自身がラブロフ発言を裏書きするような発言をするかどうかが当面の焦点だ。
一方で、「戦線拡大論」やラブロフ発言とは裏腹の情報が、時期を同じくして米欧から相次いで出始めている。イギリス国外での情報活動を担うイギリス秘密情報局(MI6)のムーア長官は2022年7月21日、アメリカでの講演で、ロシア軍が勢いを失いつつあり、数週間以内にウクライナでの戦闘を一時的に停止する可能性があるとの見方を示したのだ。
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