安倍晋三元首相が中国を翻弄した秘策「狂人理論」 「中国が最も恐れた政治家」が使ったアメとムチ

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「あのとき教えてもらった『愛人村』や習近平氏の長女のエピソードは、国際会議の場で本当に役に立ちました。中国共産党や習氏の抱える問題点として説明をする材料となったからです。実は、欧米諸国の首脳には、習氏に対して理解不足による過大評価をする傾向があります」

「ドイツのメルケル首相がその筆頭で、『習主席は反腐敗キャンペーンを展開していてクリーンな政治家だ』と、ある国際会議の場で持ち上げて、中国擁護論を展開していました。そこで私が『習氏の給料は長女のハーバード大学の学費より安いのに、どうやって補填しているのでしょう』と指摘したうえで『愛人村』の話をすると、その場にいた首脳たちは中国の腐敗の現状を知り、会議の流れが変わりました」

欧米首脳による習氏への不自然なまでの評価の高さに、安倍氏は違和感を覚えていたそうだ。それとは対照的に、日本の歴史問題を中心に誤解や過度な批判が広まっていた。その理由が明らかになったのが、アメリカのトランプ大統領が雑談中に発したある一言だった。

「『世界で一番残虐なのは日本兵だ』とナチスドイツの軍人が言っていたそうだ。その日本に100年も支配されていたのだから、中国人が反日感情を持つのも無理はないだろう」

あまりにデタラメな内容に安倍氏が「誰からそんなことを聞いたのか」とトランプ氏に尋ねると、「習主席が先日言っていた」と答えたという。

安倍氏は習氏についてこう評した。

「中国共産党が得意な『心理戦』と『世論戦』を始めとする権謀術数に長けている人物だと感じました。あのまま反論しなければ、政治経験が乏しいトランプ氏らはあっさりと習氏に篭絡されていたでしょう。私がいたるところで中国のネガティブキャンペーンを張っていたから、習氏は私のことを強く警戒していたようですが」

地理的に遠い中国に対する欧米諸国の政治家の理解は必ずしも深くない。アメリカの議会でも、中国と台湾の区別をよくわかっていない議員や議会スタッフを散見する。中国を理解して警戒もしていた安倍氏は、習氏にとっては面倒な存在だっただろう。

対中強硬一辺倒ではなかった

一方、安倍氏は中国に強硬一辺倒だったわけではなかった。

2006年に首相に就任して初めての外遊先として選んだのは中国だった。さらに第2次政権でも18年には日本の首相として約7年ぶりの訪中を果たした。

このときは「日中新時代の到来」を掲げ、「競争から協調」という新たな関係を打ち出した。習政権の肝いり政策、シルクロード経済圏構想「一帯一路」にも一転して支持を表明した。人事面でも、自民党ナンバー2の幹事長に中国共産党と関係が深いといわれる二階俊博氏を据えていた。

安倍氏に対中外交の基本姿勢を尋ねた。

「中国は力の信奉者だと思っています。と同時にメンツを非常に重んじる。硬軟織り交ぜた外交が必要です。私は自ら『嫌われ役』を買って出て安全保障分野では中国に圧力をかけつつ、党内の対中強硬派も説得してきた。一方で、二階さんやほかの閣僚には中国側の顔を立ててもらい、経済分野を中心に協力を持ちかけてもらったことが結果としてうまくいったのだと思います」

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